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第4回 2020年年金制度改革について(その1)

2020年6月号

今回の「公的年金保険制度のABC」は、予定を変更して、先日5月29日に国会で成立した年金制度改革法案を取り上げることにします。

まず、改正法案の概要(公的年金保険関連)を以下にまとめましたので、ご覧下さい。

年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の概要

  1. 被用者保険(厚生年金保険・健康保険)の適用拡大

    ① 短時間労働者を被用者保険の適用対象とすべき事業所の規模要件について、段階的に引き下げる(現行500人超→100人超(2022年10月)→50人超(2024年10月))。

    ② 5人以上の個人事業所に係る適用業種に、弁護士、税理士等の資格を有する者が行う法律又は会計に係る業務を行う事業を追加する(2022年10月1日)。
  2. 受給開始時期の選択肢の拡大(2022年4月1日)
     現在60歳から70歳の間となっている年金の受給開始時期の選択肢を、60歳から75歳の間に拡大する。
  3. 在職中の年金受給のあり方の見直し(2022年4月1日)
    ① 高齢期の就労継続を早期に年金額に反映するため、在職中の老齢厚生年金受給者(65歳以上)の年金額を毎年定時に改定することとする。
    ② 60歳から64歳に支給される特別支給の老齢厚生年金を対象とした在職老齢年金制度について、支給停止とならない範囲を拡大する。

それでは、この中で、特に改正案の2本柱とされている1と2について、改正の内容・背景や国会での審議の状況等を、今回と次回の2回にわたってお話しさせていただきたいと思います。今回は、被用者保険の適用拡大についてです。

被用者保険の適用拡大の背景

被用者保険というのは、会社にお勤めしている方が加入する、厚生年金保険と健康保険の総称です。被用者でない方、即ち自営業者やフリーランス等の方たちは、国民年金と国民健康保険に加入することになります。そして、被用者保険の方が給付や保障が手厚く、有利な点が多いのです。

年金についていえば、国民年金の加入者は基礎年金の1階建てですが、厚生年金の方は基礎年金と報酬比例部分の2階建ての年金になります。また、医療保険については、窓口負担(通常3割)や高額療養費は共通ですが、病気で働けなくなった場合に支給される傷病手当金は、基本的に健康保険だけの制度で、国民健康保険にはありません(但し、今般新型コロナウイルスに感染し働けなくなった国民健康保険に加入している被用者には、傷病手当金が支給される特例があります)。

このように、給付や保障の内容がより充実しているのは被用者保険ですが、これに加入できるのは、正社員やそれに準ずる方(労働時間が週30時間以上のパート・アルバイト)が対象でした。

このため、被用者でありながら、被用者保険の恩恵を受けることができない短時間労働者に適用を拡大することによって、セーフティネットを強化することを目的とした法改正が2012年に行われ、以下の条件を満たす短時間労働者を被用者保険の対象とすることとしました(2016年10月施行)。

被用者保険が適用される短時間労働者の要件

① 従業員501人以上の事業所に勤務
② 週の所定労働時間が20時間以上
③ 賃金月額が8.8万円(年収で106万円)以上
④ 勤務期間が1年以上見込まれること
⑤ 学生でないこと

この条件の中で①の事業所の規模に関する要件(企業規模要件)は、「当分の間」の経過措置として位置づけられているものです。中小企業にとっては、被用者保険の適用拡大は保険料負担の増加になり経営を圧迫するので、一定の企業規模要件が定められたのですが、雇用される短時間労働者の立場からすると、自分が勤務する企業の規模によって、被用者保険適用の有無が決まるのは、公平ではないと感じるのではないでしょうか。

財政検証のオプション試算が示す適用拡大の効果

このような経緯を踏まえて、2019年財政検証では、被用者保険の更なる適用拡大を実施した場合を仮定したオプション試算が実施されました。オプション試算は、更なる適用拡大を以下の3段階で実施する場合を想定して行われました。

更なる適用拡大を実施した場合のオプション試算

① 企業規模要件の廃止(約125万人拡大)
② 企業規模要件および賃金要件の廃止(約325万人拡大)
③ 一定以上の収入(月5.8万円)のある全雇用者を適用(約1050万人拡大)

この中で、③の適用拡大を最大に進めた場合、将来の給付水準がどの位改善するかを示したものが、以下の図です。ご覧の通り、いずれの経済前提(ケースⅠ・Ⅲ・Ⅴ)においても、将来の所得代替率が改善されることが示されています。また、特筆すべきは、所得代替率の改善に寄与しているのが基礎年金部分であるという事です(赤の下線部を比較して見て下さい)。

経済前提のケースⅢで見てみると、現行の仕組みでは基礎年金部分の調整が終了するのが2047年で所得代替率は26.2%だったのが、適用拡大によって、調整終了年度が2039年で所得代替率は31.9%に改善します。

適用拡大によって、厚生年金の被保険者は増加しますが、なぜ国民年金(基礎年金)の給付水準が改善するのでしょう。それは、国民年金から厚生年金に被保険者が移動することによって、国民年金に残された被保険者1人当たりの積立金が増加し、国民年金の財政が改善するためなのです。

この他にも、適用拡大には副次的な効果がありますが、それは後ほどまとめて説明したいと思います。

適用拡大をめぐる議論

この様に、適用拡大が将来の年金の給付水準に大きなプラスの効果を与えることが示されたことを踏まえて、社会保障審議会年金部会では、今般の年金制度改革においては、企業規模要件を完全撤廃すべきとの方向性で議論がされていました。

一方、短時間労働者への依存度が高い中小の外食・食品業を中心とする業界団体は、保険料負担の増加を避けたいとの思いから、適用拡大に対して反対する集会を開催し、反対声明を出す等、更なる適用拡大には断固反対との姿勢を示していました。

結局、政府・与党内での議論・調整を経て、冒頭に示したような、企業規模要件を段階的に縮小(2022年10月に100人超、2024年10月に50人超)するという結論に至りました。

企業規模要件の撤廃は、適用拡大のゴールではなく、単なる一歩に過ぎないことを考えると、今回、それすら達成できなかったことは、今後の改革が遅れることを意味するもので、非常に残念であると言わざるを得ません。

しかし、国会における本法案の審議の中では、野党議員が適用拡大の企業規模要件の完全撤廃、さらには、賃金要件と労働時間要件の検討の必要性を訴える場面もあり、これらを付帯決議として共産党を除く与野党一致で法案が決議されたことは、いくらか将来に希望が感じられ、今後も適用拡大についての議論の動向には注目していきたいと思います。

余談ですが、年金改革法案が今回のように、ほぼ与野党一致で決議されたのは、現在の年金財政の枠組みができた2004年以来初めてであるとのこと(年金部会の委員である権丈善一慶応大学教授のツイートより)。下の写真のように、マクロ経済スライドのキャリーオーバー制や賃金・物価スライドにおける賃金連動の強化などの改革案に対して、野党が「年金カット法案」と訳も分からず騒いでいた2016年と比べると、今回は建設的な議論ができて良かったということでしょうか。

それでは、今後の議論のために、なぜ適用拡大が重要であるかということを説明したいと思います。

適用拡大の真実

適用拡大の効果については、新聞やテレビの報道だと、「支え手を増やす」とか「年金給付や保障を充実させる」という説明をよく見ます。これらは、間違いではないのですが、適用拡大の意義について十分に伝わっているかと言えば疑問を感じます。以下に、適用拡大の意義についてまとめてみました。

適用拡大の対象となるのは誰?

短時間労働者というと「パート」→「専業主婦」→「適用されると保険料負担が増え手取りが減る」とイメージしがちですが、実際はどうでしょう。2016年10月に従業員が500人超の企業に対して適用拡大された時に、被用者保険に適用された短時間労働者の4割は、国民年金の1号保険者だったのです(これに対して、3号被保険者は2割程度でした)。しかも、低所得者層が多く、例えば、月収18万円の方の厚生年金保険料(労働者負担分)は16,470円で、国民年金の保険料16,540円とほぼ同じです。つまり、適用拡大によって、多くの方は手取りを減らさずに、より手厚い給付を受けることができるようになったのです。

受給者全体の基礎年金の給付水準が改善し、所得再分配機能が強化される

適用拡大によって厚生年金に加入した方の年金は2階建てとなるので給付額がアップしますが、適用拡大の効果はそれだけに止まりません。先程お示しした財政検証のオプション試算の結果が示すように、適用拡大は主に基礎年金の給付水準の改善に寄与するのです。基礎年金は、65歳以上の全ての受給者が受給するもので、以前のコラムで説明した通り定額であるために、所得再分配機能を有するものなのです。したがって、適用拡大によって低所得者や、ずっと自営業で国民年金(基礎年金)しかない方の給付水準がより改善されることになります。

労働者の働き方や企業による雇い方が歪められなくなる

適用拡大によって全ての被用者が被用者保険に加入することになると、保険料負担を避けるために、労働者が就業調整をしたり、事業主が非正規雇用を優先するといった歪んだインセンティブが是正され、雇用市場がより公平で活性化されることが期待されます。

生産性の低い中小企業が淘汰されることによって成長率が向上する

適用拡大による保険料の負担に耐えられない生産性が低い中小企業は淘汰されることになりますが、そのような企業で働いている労働者は、セーフティネットと職業訓練で対応し、より生産性の高い企業で働けるようにすれば良いのです。そうすれば、社会・国全体の成長率の向上に繋がるでしょう。現在は、コロナ禍の中でこのような議論はしづらい面はあるかもしれませんが、コストの安い労働力に依存したビジネスモデルは、もはや必要とされなくなるでしょう。

今般の年金制度改革の議論の中では、年金部会においても国会においても、基礎年金の将来の給付水準の低下を懸念する声が上がっていますが、その有力な解決策が適用拡大なのです。もう一つの解決策は、保険料拠出期間を40年から45年に延伸することですが、こちらは、延伸によって基礎年金に係る国庫負担が増加するので、その財源を手当て(すなわち増税)する必要があり、今回は見送られることになりました。

また、基礎年金の給付水準の低下が大きいのは、国民年金の財政状況が厚生年金と比べて悪いためなので、国民年金と厚生年金の積立金を統合したらどうか、という意見もあります。これが実現可能か否かは分かりませんが、仮に実現できたとしても、上で挙げた4つの意義のうち、積立金の統合で改善するのは2番目の基礎年金の給付水準だけですよね。国民年金と厚生年金の統合を議論する前に、適用拡大をしっかりと進めることが重要だと思います。

先にツイートを紹介させていただいた、年金部会の委員を務めていらっしゃる権丈善一慶応大学教授は、「適用拡大は絶対正義」、「適用拡大こそが成長戦略」と仰っています。適用拡大は、個々の当時者レベルで考えるとメリット・デメリットはありますが、社会全体としてどうあるべきなのかという視点での議論が必要なのではないでしょうか。

下の図は、適用拡大の賛成派と反対派の言い分を天秤に掛けてみたものです。皆さんは、どちらがより重いと感じますか。今後の適用拡大に関する議論を見ていく上で、参考にしていただければ幸いです。

次回の公的年金保年のABCは、年金改正のもう一つの柱である受給開始時期の拡大についてお話しさせていただきます。どうぞお楽しみに!

公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲




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