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第6回 2020年年金制度改革について(その3)

2020年7月号

今回は、前回、前々回に引き続き、今般の年金制度改革(公的年金関連)の3番目の柱である「在職中の年金受給の在り方の見直し」について、お話しさせていただきます。

現在は、高齢期の就労が多様化する中、60歳以降も就労し、働きながら年金を受給して生活を賄っている方が増えてきています。このような、就労の変化に対して、年金制度が中立で、高齢期の生活の経済的基盤となるよう、以下の2点の改正が行われました。

  • 在職定時改定の導入
  • 在職老齢年金制度の見直し

(共に2022年4月1日施行予定)

それでは、以下で詳しく見ていきましょう。

在職定時改定の導入

厚生年金は、70歳まで加入義務があります。そうすると、年金の受給を開始した以降の厚生年金加入期間に係る年金額は、以下のようなタイミングで改定されることになっています。

① 退職時改定:退職して厚生年金を抜けた後、再就職によって厚生年金に再加入せず1ヵ月が経過したときは、退職した月までの加入期間が年金額に反映されます。
② 65歳、70歳到達時改定:60歳台前半で支給開始年齢となる特別支給の老齢厚生年金(特老厚)の受給者が、受給開始後も引き続き就労し、厚生年金に加入している場合は、65歳到達時に、特老厚の受給開始から65歳までの加入期間が年金額に反映されます。

また、65歳以降も引き続き就労し、厚生年金に加入した場合には、70歳到達時に5年間の加入期間が年金に反映されることになります。65歳または70歳到達前に退職した場合には、①の退職時改定が適用されます。

この様な年金額の改定ルールを、65歳以降に関しては、退職しなくても毎年1年分の加入期間を年金額に反映させる方式に変更することになりました。これによって、以下のような効果が期待できます。

  • 年金額の改定を毎年行うことによって、就労期間の延伸による年金額の増加を実感し易くする。
  • 年金を受給しながら働く人たちの経済基盤の充実を図る。

なお、65歳前の特老厚に関しては、これまで通り、退職時と65歳到達時で改定されることになります。

それでは、本改正によって、年金の受給額がどのように変わるのか見てみましょう。

下の表は、65歳以降70歳まで、月収20万円(年収240万円)で就労した場合の年金額の増加額を、現行制度と改正後で比較したものです。赤い枠で囲った部分が、改正による年金額の増加分で、合計すると、13万円になります。

【65歳以降、月収20万円で就労した場合の増加額(年額)の違い-経過的加算なし】

現行制度改正後
65歳
66歳1.3万円
67歳2.6万円
68歳3.9万円
69歳5.2万円
70歳6.5万円6.5万円

もし、厚生年金の加入期間が480月未満で、経過的加算が付く方の場合は、年金額が1年で約2万円程上乗せされるので、改正による年金額の増加分は、合計で33万円程になります。

【65歳以降、月収20万円で就労した場合の増加額(年額)の違い-経過的加算あり】

現行制度改正後
65歳
66歳3.3万円
67歳6.6万円
68歳9.9万円
69歳13.2万円
70歳16.5万円16.5万円

ところで、この説明を書いている時に、ふと気になったことがあります。それは、就労しながら、年金を繰下げている場合はどうなるのか、ということです。繰下げによる増額の対象となるのは、65歳時(受給権発生時)の年金額ですから、在職定時改定によって毎年増加した分は増額の対象にはならないと思いますが、今度、条文等で確認して皆さんにお知らせしたいと思います。

在職定時改定の導入によって、年金の給付額は増えますから、年金財政にとっては、マイナスの影響を及ぼします。しかし、その程度は限られていて、将来の所得代替率への影響はマイナス0.1%未満、と試算されています。

在職老齢年金制度の見直し

在職中の年金受給の在り方の見直しの2つ目のポイントは、在職老齢年金制度の見直しです。

在職老齢年金とは、就労しながら受給する年金のことで、就労による賃金が一定以上になると年金が減額される仕組みなっています。現行制度においては、減額される基準が60歳から65歳までと、65歳以降で異なっていて、前者を低在老、後者を高在老と呼んで区別しています。

余談ですが、低在老、高在老はそれぞれ何の略か、ご存知ですか?

  • 低在老・・・低所得者在職老齢年金(低賃金の在職者の生活を保護するために年金を支給する仕組み)
  • 高在老・・・高年齢者在職老齢年金(高賃金の在職者の年金を支給停止する仕組み)

ということだそうです。

現行制度における減額の仕組みは以下の通りです。

【在職老齢年金制度による年金額調整の仕組み】
賃金注1と年金注2の月額の合計が、基準額注3を超えた場合、超えた額の半分を年金から減額する。

注1:賃金の月額=(標準報酬月額)+(過去1年の標準賞与額÷12)
注2:年金の月額=厚生年金の報酬比例部分のみ
注3:基準額:低在老は28万円、高在老は47万円

今回の改正では、低在老の基準額を高在老と同じ47万円とすることになりました。その背景としては、低在老の対象となる60歳台前半において、年金の減額を避けるために、就業調整によって賃金を抑える傾向が一定程度確認されていることがあります。年金制度を就労に対して中立にし、60歳台前半の就労を支援するための改正と言えるでしょう。特に、2030年度までは、女性が特老厚によって60歳台前半の支給開始となるので、このような女性の就労を支援するという意図があるようです。

高在老の廃止・緩和は金持ち優遇か?

ところで、年金制度改革の議論において、当初は、高在老と低在老のいずれも廃止、あるいは減額基準の緩和をしたらどうか、という意見がありました。高在老については、65歳以降で減額の対象となる方も限られており、低在老のような就業調整は確認できていないということですが、以下のような観点から、減額の基準額を47万円から51万円に引き上げることが、検討されていました。

現役世代の平均的な賃金収入(月額43.9万円)と平均的な年金収入(月額7.1万円)のある人が支給停止の対象とならずに、繰下げのメリットを受けることができるようにする。(注:報酬比例部分のみ)

在職老齢年金による支給停止が掛かっている場合、繰下げによって増額されるのは、支給停止部分を除いた金額です。したがって、全額支給停止となっている場合は、繰下げても報酬比例部分は増額されません。

支給停止となっている部分も含めて繰下げ増額の対象とすると、支給停止となっている人は、繰下げ受給をすれば、支給停止が掛かっていない年金と等価である年金を受給できることになり、在職老齢年金制度の抜け道となってしまうからです(前回に説明した、65歳で受給開始しても繰下げて受給開始しても、平均的な受取総額は同じになるように設計されていることを思い出してください)。

でも、長く就労して、年金に頼らず、しっかり稼いだお金で老後の生活を賄っていた人が、引退後に繰下げのメリットを受けることができないのは、ちょっと気の毒な感じがしませんか。

ところが、この改正案に噛みついたのが、立憲民主党の山井和則議員です。支給停止の基準を引き上げることは、「金持ち優遇」であるとの一点張りの主張を繰り返し、政府はこの改正案をあきらめざるを得ませんでした。

しかし、改正案として提案された基準額の51万円は、先に説明した通り、現役世代の平均的な賃金収入と平均的な年金額を合算したもので、決して「金持ち優遇」ではありません。また、在職老齢年金によって支給停止の対象となるのは、厚生年金の加入者だけで、給与収入だけなのです。したがって、不動産収入、株式の配当収入などは、いくらあっても関係なく、また、資産がいくらあっても関係ありません。

今後、高齢期の就労がさらに進展し、現役世代並みの収入を得る高齢者が増加することが予測されるなか、給与収入の水準のみによって年金額が調整される現行の高在老は、就労する高齢者にとって公平な制度とは言えず、税制および他の社会保障制度の保険料負担等も併せた議論が必要となるでしょう。今後の議論の行方に注目したいと思います。

以上、3回にわたって、今般の年金制度改革の柱となる事柄についてお話しさせていただきました。次回は「年金相談の現場から」で、在職老齢年金の具体事例を取り上げてお話ししたいと思います。どうぞ、お楽しみに!

公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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