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第21回 全世代型社会保障構築会議と日本年金学会シンポジウムから

2021年11月号

10月31日の衆議院選挙では、自民党が単独過半数を維持する結果となりました。社会保障政策に注目している立場としては、自民党が公約として掲げていた「勤労者皆保険」の実現に期待したいところです。

ところで、「勤労者皆保険」という選挙公約で使われていたキャッチフレーズですが、正確に言うと「勤労者皆被用者保険」ですよね。「被用者保険」や「適用拡大」という言葉は、一般の方にはあまりなじみがないので仕方ありませんが、「日本はすでに国民皆保険、国民皆年金ではないのか」と混乱する人がいるのではないかと、少々気になるところです。

新しい資本主義実現会議

前回のコラムで紹介した「新しい資本主義実現会議」(以下、「実現会議」)では、11月8日に「緊急提言~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~」が公表されましたが、以下のような提言がされています。

多様で柔軟な働き方が拡大する中で、どんな働き方をしてもセーフティーネットが確保されるよう、働き方に中立的な社会保障や税制の整備を進め、勤労者皆保険の実現に向けて取り組む。

この緊急提言について実現会議で検討した際に、会議のメンバーである芳野連合会長から、次のような意見が提出されています。

社会保険の適用拡大が順次進められているところですが、就労形態や企業規模にかかわらず、すべての労働者への完全適用を実現してセーフティーネット機能を強化すべきです。そのため、パート・有期・派遣等で働く方々への被用者保険の適用拡大のさらなる推進を、この「緊急提言」にも盛り込むべきです。その際、フリーランスなどいわゆる「曖昧な雇用」や多重就労など多様な働き方で就労する方々を含めて、就労実態に即した適用のあり方も検討すべきです。

緊急提言は、自民党の公約に対応する形で「勤労者皆保険」という言葉を使っていると思われますが、一方で、政府の公式文書であれば誤解のないように、芳野会長が使っている正確な用語(「被用者保険の適用拡大」)を使ってほしいと個人的には思います。うがった見方をすれば、実現会議に参加している経済界へのメンバーに気を使っているような気もするのですが……

「勤労者皆保険」イコール「勤労者皆被用者保険」ですよっと、改めて念を押しておきたいと思います。

全世代型社会保障構築会議に期待

実現会議の緊急提言の内容について、「勤労者皆保険」がその真に意味する形で理解され、実現されるのか、少しモヤモヤしていたところ、11月9日に「全世代型社会保障構築会議」が設置され、第1回の会議が開催されました。この会議のメンバーは以下の通りです。

全世代型社会保障構築会議メンバー

私は、このメンバーを見て、「これは期待ができるのではないか」と感じました。座長の清家先生は、2013年に開催された「社会保障制度改革国民会議」でも会議の会長を務め、委員であった権丈先生と共に、年金、医療、介護の制度改革の方向性を定めることに尽力されました。さらに、当時年金局長であった香取先生も加わったことは、大変心強く、これからの議論の行方が楽しみです。

また、若者に影響力がある落合陽一氏が招集されたことにも注目したいと思います。落合氏は、以前に雑誌の対談で、終末期医療に関する発言が物議を醸したことがありますが、その点については反省の弁を述べています。テクノロジーで社会課題を解決したいという思いで活動されている方なので、議論を活性化してくれるのではないでしょうか。

1つ気になるのは、この全世代型社会保障構築会議は、「デジタル田園都市国家構想実現会議」と「デジタル臨時行政調査会」と合わせて、新しい資本主義実現会議の下にぶら下がっている形になっているところです。実現会議には経済界の代表者が構成員となっていて、全世代型社会保障構築会議で検討されたものが、実現会議における最終的な政策提言の段階で、きちんと反映されるのか注視する必要があります。

社会保障制度改革国民会議の報告書には「全世代型の社会保障への転換は、世代間の財源の取り合いをするのではなく、それぞれ必要な財源を確保することによって達成を図っていく必要がある。」と記されており、経済界がよく言う「現役世代の負担軽減」は、「企業の負担軽減」という意味であることに注意が必要です。

日本年金学会シンポジウムより

話は前後しますが、10月21、22日に日本年金学会の総会・研究発表会が開催されました。2日目には「公的年金・私的年金の歴史的考察と改革への視座」という論題で、権丈先生をオーガナイザーとしたシンポジウムが開催されました。

シンポジウムで議論された年金改革の方向性をまとめると以下の様になります。

(1)適用拡大は、非正規労働者のセーフティーネットを充実する最優先課題である。
(2)配偶者加給年金は、夫婦の年齢の上下や差で給付が決まってしまう不公平な制度なので、これを廃止するべきである。
(3)年金給付においては、所得制限のようなものは設けずに、すべての人が同じように給付を受けることができるようにするべきである。
(4)遺族年金は、養育する子がいる場合の給付を中心として、子がいない場合、遺族厚生年金の有期化を検討すべきではないか。また、給付における男女差の解消も必要ではないか。

(1)については、これまで何度も繰り返し主張してきた通り、年金改革の大黒柱です。今回のシンポジウムで、それを再確認したのは心強く感じました。

(2)については、上記のような理由の他にも、加給年金を受けるために厚生年金を繰り下げしないというような、年金の受給開始時期の選択に対して中立ではなく、長生きリスクの備えを妨げているということもあると思います。また、60歳以降も働ける環境になってきているのに、65歳の支給開始年齢に達するまでの配偶者を対象にした家族手当のような制度は時代に即したものではないでしょう。

(3)については、まず、高在老の廃止があげられます。これを「金持ち優遇」と批判することは的外れであることは、以前のコラムでお話しした通りです。また、遺族年金にも遺族の収入要件(年収850万円未満)がありますが、これが現実では必ずしも公平とは言えないところがあります。例えば、配偶者が亡くなった時の前年の収入が850万円以上でも、「おおむね5年以内に850万円未満になる見込みがある」場合は、収入要件を満たすことができます。これが認められるケースは、例えば5年以内に定年を迎える場合ですが、子どもにお金のかかる若い世代については、このような「5年ルール」で遺族年金が認められることは難しく、子どもを養育する世帯の所得保障を中心とするという観点でも問題があると思います。

(4)については、これから男女の格差なく働ける環境をもっと整備していく必要があるでしょう。また、男女差の解消は、遺族厚生年金だと遺族の要件で夫の年齢制限(55歳以上)を妻に合わせて撤廃するというよりも、その逆の方向で遺族となる妻に年齢制限つける方向になるのかもしれません。

(2)~(4)は、社会経済情勢の変化に応じて、より公平な制度にするための見直しと言えますが、「(2)と(4)で給付を削減しておきながら、(3)では金持ち優遇するのか」という的外れな批判が出るかもしれません。私たちは、このような批判に惑わされずに、制度の改革を推進していく必要があるでしょう。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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