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第19回 総裁選の年金論争を振り返る

2021年10月号

今回は、前回のコラムの続きで、自民党の総裁選における年金制度改革の議論を振り返ってみたいと思います。

総裁選は「適用拡大」を唱えた岸田氏が勝利

自民党の総裁選挙は、岸田氏が勝利し、自民党総裁となり、第100代首相に就任しました。岸田首相は、経済政策として「成長と分配の好循環」を掲げていますが、メディアにおいては「成長」と「分配」を「ニワトリ」と「たまご」のように、どちらが先か、どちらを優先すべきか、という論が見受けられます。

日本経済新聞社の世論調査でも「優先すべき経済政策として、成長と分配のどちらを優先すべきか」という質問があり、「成長」が47%、「分配」が38%という結果が報じられていました。でも、成長と分配を同時に実現する政策がありますよね。

そう、岸田首相が総裁選で河野氏の抜本的年金改革に対して唱えた、「すべての労働者を厚生年金に入れる」、すなわち適用拡大です。適用拡大の意義は、これまで何度もお話してきたので、しつこく思われるかもしれませんが、今一度ここで確認したいと思います。

【成長と分配を同時に達成する適用拡大の意義】

  • 国民年金の第1号被保険者となっている非正規労働者の生活保障が充実する。国民年金で保険料の免除を受けていたり、未納となっている労働者が、保険料負担が低い厚生年金に加入することによって、将来の無年金者や低年金者を減らすことができる。
  • 社会保険料を負担できないくらい生産性の低い企業が淘汰され、労働者がより生産性の高い企業に移ることによって、国全体の経済成長につながる。

メディアでは、岸田首相の金融所得課税の強化に関する報道が目立ち、SNSでも盛り上がっているようですが、適用拡大についても、同様に国民の関心と議論が高まるといいな、と思います。

1つ気になるところは、岸田首相の著書「岸田ビジョン」では、国民年金と厚生年金の格差を指摘しながらもそれに対して、「年金でいえば、そろそろ、国民年金と厚生年金について財政を一元化する、あるいは財政を調整することを考える時期に来ています。」と書かれていることです。これは、前回のコラムでお話しした、田村厚労大臣(当時)の年金改革案のように見えます。しかし、これでは基礎年金部分の改善と再分配機能の強化にはなりますが、適用拡大のような成長戦略にはなりません。

岸田首相には、両方の案をしっかり比較して、ご自分の政策に適した方を進めて欲しいと思います。

河野氏の抜本的改革案の問題点

さて、一方、国民的な人気が高く、総裁選の最有力候補と見られた河野氏が敗れたことにより、氏が唱えていた抜本的年金改革は、ひとまず収まりました。もっとも、選挙戦の終盤においては、この政策の拙さに気がついたのか、取り下げるような言動も見られました。

しかし、巷ではここぞとばかりに、(トンデモ)学者や有識者による、「税財源による最低保障年金」や「2階部分は積立方式」と河野氏の案に同調するような論考が目立ちました。そこで、改めて、河野氏の抜本的改革案の問題点を確認しましょう。

まず、積立方式については、以下のような点で問題があります。

積立方式も少子高齢化の影響を受ける

年金受給者は、現役世代が生産する商品やサービスを消費することが目的です。したがって、少子高齢化によって生産物のパイが小さくなり、それに対する高齢者の需要が大きくなれば、インフレにつながり、積み立てた資産の購買力は低下してしまいます。

二重の負担の問題

積立方式に移行する場合、現役世代は、現受給者の年金の財源としての保険料と、将来の自分のための積み立ての保険料を二重で負担しなければなりません。これは、積立論者がよく問題にする「世代間格差」そのものではないでしょうか。

厚生年金基金の歴史

企業年金制度であった厚生年金基金は、厚生年金保険料の一部を基金で運用することによって、国の年金より多くの年金を給付することを目的に設立され、ピーク時には1800余りの基金が存在しました。しかし、バブル以降、低金利の長期化による運用難のため、基金の役割を維持できなくなり、そのほとんどが解散し、現在では5基金が存続するのみとなっています。積立方式による企業年金が、公的年金と同等の年金を安定的に給付することの難しさを物語っているのではないでしょうか。

このように、積立方式は、理論的、制度的、経験的に公的年金の財政方式には適していないものであることが明らかにされています。高齢期の生活の土台となる公的年金には、賦課方式が適しており、確定拠出年金等の私的年金は自助による積み立てで備える形がベストでしょう。

それでは、「税財源による最低保障年金」の方はどうでしょう。ポイントは、財源を全額税金にするというところですが、その問題点は次のような点が挙げられます。

財源の問題

最低保障年金は、旧民主党が政権交代時に公約として掲げていました。当初、財源は何とかなると言っていましたが、いざ検討を進めると、1か月7万円の給付に対して、消費税を8%程引き上げる必要があるという試算が出て、結局断念するハメとなりました。

給付の公平性

最低保障年金に移行した場合、それまで保険料を納めてきた人も、未納であった人も、同じように給付が受けられることになりますが、これで公平と言えるでしょうか。なかなか理解が得られないと思います。

企業負担は何処へ

現在の社会保険方式では、厚生年金保険料の半分は企業が負担しています。これが、消費税を財源とする税方式に移行すると企業負担はなくなり、すべて国民の負担となります。企業は保険料負担が無くなった分を、賃金に反映してくれるのか疑問です。

生活保護との違い

前回のコラムで、社会保険による公的年金保険制度は、国民が互いに支え合う共助によって生活のリスクに備える仕組みで、この素晴らしい仕組みを維持していくべきだと言いました。公的年金は共助によって貧困に陥るリスクを未然に防ぐ「防貧機能」を有するもの。一方、貧困に陥ってしまった人を救済する生活保護は、公助すなわち税金を財源とする「救貧機能」として、それぞれの役割と財源を区別しておく方が、良いのではないでしょうか。

年金生活者支援給付金について

ところで、旧民主党が提案した最低保障年金は、結局実現できなかったことは先に述べたとおりですが、これが給付対象を低年金者、低所得者に限定し、給付額もずっと低くした形で制度化されたものが、「年金生活者支援給付金」(以下、支援給付金)です。

支援給付金は、消費税が8%から10%に引き上げられた分を財源に、令和元年10月から始まった制度です。老齢年金、障害年金、遺族年金のそれぞれに支援給付金があり、支給要件と給付額は以下の通りです。

老齢年金生活者支援給付金

【支給要件】
  1. 65歳以上の老齢基礎年金の受給者であること
  2. 前年の公的年金等の収入金額(※1)とその他の所得との合計額が881,200円以下であること
  3. 同一世帯の全員が市町村民税非課税であること
 ※1 障害年金・遺族年金等の非課税収入は含まれない。


【給付額(月額)】(令和3年10月現在)
 次の 1. と 2. の合計額
  1. 保険料納付済期間に基づく額=5,030円×保険料納付済期間(月数)/480(※2)
  2. 保険料免除期間に基づく額=10,845円(※3)×保険料免除期間(月数)/480

 ※2 収入・所得の合計額が781,200円以上の場合は、所得の増加に応じて逓減する。
 ※3 保険料4分の1免除期間の場合は、5,422円。
障害・遺族年金生活者支援給付金援給付金

【支給要件】
  1. 障害基礎年金または遺族基礎年金の受給者であること
  2. 前年の所得が、472万1,000円以下であること
  3. 同一世帯の全員が市町村民税非課税であること
 ※1 障害年金・遺族年金等の非課税収入は含まれない。


【給付額(月額)】
  • 障害等級2級の者及び遺族である者・・・5,030円
  • 障害等級1級の者・・・6,288円

 ※2 収入・所得の合計額が781,200円以上の場合は、所得の増加に応じて逓減する。
 ※3 保険料4分の1免除期間の場合は、5,422円。

老齢年金生活者支援給付金について、実際の給付例を見てみましょう。例に挙げたのは、20歳から60歳まで40年間、国民年金のみに加入していた場合ですが、厚生年金の加入歴があっても支給要件を満たせば、支援給付金が支給されます。

【年金生活者支援給付金の支給例】

国民年金の保険料を40年間納めると、基礎年金と支援給付金で月額合計7万円程となり、民主党が唱えていた最低保障年金の7万円と同じくらいになるのが、乙な感じですね。また、40年間ずっと全額免除でも4万円、ずっと半額免除だと6万円となります。

以上、総裁選で争点の1つとなった年金制度改革について振り返ってみました。今後は、適用拡大と田村元厚労大臣の案を検討していくことになるでしょう。是非、活発な、そして透明性の高い議論を期待したいと思います。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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