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第2回 財政検証に追加試算が!

2021年1月号

追加試算が公表された経緯とその内容

2019年の公的年金財政検証では、将来の公的年金の給付水準の見通しを、現行制度に基づく本体試算と、制度改正を行った場合のオプション試算として公表しています。そして、私たちが注目するべきは、現行制度そのままで給付水準が低下することを示す本体試算ではなく、制度改正によって給付水準が改善することを示すオプション試算であるということは、以前にお話した通りです。

今回取り上げた「追加試算」は、昨年の12月25日に開催された社会保障審議会年金数理部会で報告されたものです。年金数理部会とは、年金部会における制度改革の議論のために厚労省が実施した財政検証の内容を検証するための部会です。この「財政検証の検証」はピアレビューと呼ばれており、追加試算は年金数理部会における2019(令和元)年財政検証に基づくピアレビューの審議のために実施されたということです。

年金数理部会のピアレビューの審議の中で、年金部会でも議論されていた「将来の基礎年金水準の低下」に関する問題提起があり、それを改善するための制度改革の検討のために追加試算が実施されたようです。つまり、今回の追加試算は、財政検証のオプション試算を追加したもので、その内容は、以下の通りです。

  • 追加試算①:基礎・比例の調整期間一致(40年加入)
  • 追加試算②:基礎・比例の調整期間一致+45年加入(延長分に国庫あり)
  • 追加試算③:基礎・比例の調整期間一致+45年加入(延長分に国庫なし)

ここで注目するべきは、追加試算①~③に共通している「基礎・比例の調整期間一致」で、以下にこれについて解説したいと思います。

基礎・比例の調整期間一致とは

まず、「将来の基礎年金水準の低下」について確認しましょう。下の表は、2019年度の財政検証時の所得代替率と、将来見通しを示したものです。

現行制度のままだと、2019年度で61.7%だったモデル世帯の所得代替率は、51.0%(ケースⅢ)あるいは44.7%(ケースⅤ)に低下してしまいます。そして、その内訳を見ると、特に基礎年金の目減りの方が大きくなっていることが分かります。

基礎年金は、現役時代の報酬額に関係のない定額の給付であるため、低所得者ほど所得代替率が高くなる所得の再分配機能を有しており、その部分の目減りが大きくなるということは、低所得者ほど所得代替率の低下が大きくなってしまう問題があるということを、以前にも説明したと思います。

一方、追加試算①が示すように、基礎と報酬比例の調整期間を一致させることにより、現行制度と比べて所得代替率は改善し(ケースⅢ:+4.6ポイント、ケースⅤ:+5.3ポイント)、特に、基礎年金部分がめざましく改善することになります。

モデル世帯における所得代替率の将来見通し

※所得代替率の将来見通しのカッコ内の数字は、マクロ経済スライドによる調整の終了年度

それでは、基礎と報酬比例の調整期間を一致させることによって、なぜ基礎年金部分の所得代替率が改善するのでしょうか。そのメカニズムについて説明したいと思います。

下の図は、現行の公的年金の財政の仕組みと、財政検証における将来見通しの計算について表したものです。財政の仕組みは、以前に説明しましたが、改めてポイントをまとめると以下のようになります。

  • 国民年金と厚生年金の勘定は別々になっていて、国民年金勘定には、国民年金第1号被保険者からの保険料、国庫負担(基礎年金の2分の1)、および積立金からの収入と、基礎年金給付を被保険者数(1号被保険者)で按分して得られる基礎年金拠出金の支出がある。
  • 厚生年金勘定は、厚生年金の被保険者からの保険料、国庫負担、および積立金からの収入と、基礎年金給付を被保険者数(2号および3号被保険者)で按分して得られる基礎年金拠出金と厚生年金給付の支出がある。

そして、財政検証における給付水準の将来見通しは次のような手順で計算されます。

  • 基礎年金給付と厚生年金給付にマクロ経済スライドによる調整を適用することによって、国民年金勘定と厚生年金勘定それぞれの収支が均衡するようにする。
  • まず、国民年金勘定の収支が均衡する基礎年金の給付水準を求める。具体的には、基礎年金給付にマクロ経済スライドによる調整を1年分適用し(図中①)、調整後の給付水準によって国民年金勘定収支の均衡が維持できるかチェックする(図中②)。維持できない場合は、①に戻りもう一年分調整をかけ、収支の均衡が維持できるかチェックする。国民年金勘定の収支の均衡が維持できるまで、①~②を繰り返す。
  • 国民年金勘定の収支が均衡する基礎年金給付の給付水準が得られたら、その基礎年金給付水準を所与として、厚生年金勘定の収支が均衡する厚生年金給付の給付水準を求める(③~④を繰り返す)。

ここで、現行制度の問題は、国民年金勘定の積立金の水準が相対的に低いため、マクロ経済スライドによる給付水準調整を長い期間やらないと収支が均衡せず、その結果、基礎年金の給付水準が大きく目減りしてしまうことです。

それでは、基礎年金の給付水準を大きく改善することができる、追加試算①~基礎・比例の調整期間の一致~とは、どのようなことでしょう。これは、一言で言うと、国民年金勘定と厚生年金勘定の統合ということなのです。

下の図は、国民年金勘定と厚生年金勘定と2つに分かれていた勘定を、1つに統合したもののイメージ図です。こうすることによって、基礎年金と厚生年金の給付水準は、財政均衡が維持できるところまで同じように調整され、基礎年金水準の目減りを抑えることができるという訳です。厚生年金勘定の積立金の水準は相対的に高いので、これを活用して基礎年金の給付水準を維持する策ともいえるでしょう。

先に示した通り、国民年金と厚生年金の勘定を統合し、基礎と報酬比例部分の調整期間を一致させることによって、将来の給付水準、特に基礎年金の給付水準は大きく改善しますが、勘定の統合にあたって問題点もあります。以下に、それについて論じてみたいと思います。

勘定統合の問題点

国民年金と厚生年金の勘定を統合することによる問題点を3つ挙げたいと思います。

1.積立金は誰のもの?

国民年金と厚生年金は、公的年金保険の2本柱ですが、異なる制度であり、法律もそれぞれ別に定められています。厚生年金勘定で保有している積立金は、厚生年金の過去の加入者が納めた保険料で給付に回らなかった余剰分を蓄積したものです。これを、厚生年金の保険料を納めていない、いわば「部外者」である国民年金の加入者のために使うということについて、理解が得られるのかという批判がでることが予想されます。

このような批判に対する回答と思われる資料が、追加試算の資料の中に入っていました。下の表は、老齢基礎年金の金額の基となる加入期間を被保険者の種別に分けて表したものです。これによると、65歳の基礎年金の受給権者のうち、国民年金1号期間のみの方は、全体の3.6%に過ぎず、残りの96.4%の方が厚生年金の加入歴があるということが示されています。

つまり、大半の方が厚生年金の加入期間に基づいて基礎年金が支給されているので、基礎年金の給付水準を改善するために厚生年金の積立金を活用することは、正当化されると主張しているように感じます。

2.国庫負担が増加する

基礎年金の給付水準が改善することは、公的年金保険の再分配機能の強化につながり、特に低所得者にとってメリットが大きいということになりますが、基礎年金の2分の1は国庫負担によって賄われているので、国庫負担の増加に対して財務省からの反発が予想されます。

3.適用拡大はどうなるのか?

基礎年金の給付水準を改善する改革案として、財政検証のオプション試算では、適用拡大と拠出期間の延長が示されていました。今回の追加試算においては、拠出期間の延長は追加試算②と③に含まれていましたが、適用拡大はどこに行ったのでしょうか。

まずは、下の表で適用拡大の効果を改めて確認しましょう。冒頭で示した追加試算と比べると、経済前提が悪い方のケースⅤにおいては、追加試算の方が、基礎部分で2.4ポイント、比例と基礎の合計で1.0ポイント所得代替率が高くなっています。

それでは、適用拡大と勘定統合を合わせたらどうなるでしょう。そのような試算は今回示されていませんが、おそらく、それぞれの効果を単純に足したものにはならず、相乗効果はほとんどない「1+1=1」のような結果になるのではないかと推察します。

適用拡大によって基礎年金の給付水準が改善する仕組みは、国民年金1号被保険者が厚生年金に移ると、国民年金勘定における被保険者1人あたりの積立金が増加し、それによって基礎年金の給付水準が改善するというものです。これは、基礎年金に活用できる積立金を増やし、その給付水準を改善する勘定の統合と本質的に同じ仕組みで、給付水準の改善に活用できる積立金には限りがあるので、相乗効果は期待できないということです。

そうすると、更なる適用拡大を進めるよりも、追加試算で示された勘定の統合を進めようとする動きがあるかもしれませんが、これには注意が必要です。

勘定の統合では、「すべての被用者により手厚い保障」という適用拡大の目的は達成できません。その他にも、適用拡大には勘定の統合では得られない効果があり、給付水準の改善だけに注目して制度改革の方向性を誤ってはいけないと思います。

適用拡大による副次的な効果については、以前にも説明しましたが、今回改めて「適用拡大は一石七鳥」ということをお伝えします。この中で、勘定の統合によって期待できる効果は①と⑦くらいです。

例えば、勘定の統合における問題点の一つとして挙げた国庫負担の増加については、⑥に示す通り、適用拡大では新たな国庫負担は生じないとなっています。理由は、基礎年金の給付水準の改善に伴う国庫負担の増加を、医療保険制度の方で相殺できるからです。国民年金1号被保険者が加入している国民健康保険には、その給付に国庫負担が入っていますが、適用拡大によって加入する協会けんぽや健康保険組合には、その給付に対して国庫負担が入っていないのです。

今回の追加試算については、それが議論されている年金数理部会の議事録がまだ公表されいないので、追加試算に至った経緯とか、その結果についてどのような議論がなされたか不明な点が多く、メディアでもこれを取り上げているところは無いようなので、これから出てくる情報や報道に対しては、注意深く見てく必要があると思います。

うがった見方かもしれませんが、適用拡大による保険料の負担増を避けたい中小企業の方からの圧力があるのかもしれません。もし、「勘定の統合によって給付水準は改善するので、更なる適用拡大は不要」なんて話が出てきたら、断固反対しなければならないですね。

公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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