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第22回 在職定時改定導入による繰り下げ受給への影響

2021年12月号

早いもので、今年も12月になりました。「来年のことを言うと鬼が笑う」といいますが、年が明けて、4月からの新年度に入ると、令和2年年金制度改正で定められた主な改正項目が施行されることになります。

今回は、その改正項目の1つである、在職定時改定を取り上げて、これが繰り下げ受給に及ぼす影響について、お話ししたいと思います。

繰り下げ受給の年金額

最初に、繰り下げ受給する場合の年金額についておさらいしたいと思います。繰り下げ受給をする場合は、最低1年待たないといけません。そして、1年待った後、繰り下げ請求をすると、繰り下げた月数に0.7%を乗じて得られる率が増額率となります。

したがって、5年(=60月)繰り下げると、42%増額されることになります。

それでは、増額の対象となる年金額は何でしょう。

「それは、65歳時点の年金額でしょ」と答える方が多いのではないでしょうか。しかし、厳密には「受給権を取得した時点の年金額」なんです。この「受給権」は、特別支給ではない、本則の老齢厚生年金と老齢基礎年金のことなので、通常は「受給権を取得した時点」=「65歳」ということになります。

しかし、老齢年金の受給権が発生するのは、必ずしも65歳とは限りません。例えば、以下のようなケースでは、65歳以降に受給権が発生することがあります。

  1. 65歳までは国民年金のみ加入していて、65歳以降に初めて厚生年金に加入して、1か月が経過した場合。この場合は、厚生年金1か月分の受給権が発生します。
  2. 平成29年8月の法改正で、受給資格期間が25年から10年に短縮されたことによって受給権が発生した場合。
  3. 65歳時点では、受給資格期間が10年に達しておらず、65歳後に受給資格期間が10年に達した場合。

繰り下げの請求は、「受給権が発生してから1年が経過する日」から「受給権が発生してから5年が経過する日」までの間ですることができます。これによって、受給権の発生が通常の65歳の場合には、「66歳から70歳の間で繰り下げ請求することができる」ことになります。

しかし、上の①~③のいずれかに該当して、仮に68歳で受給権が発生したとすると、69歳から73歳の間で繰下げ請求することができることになります。来年4月からは法改正によって、「受給権発生から10年が経過する日」まで繰り下げすることができるので、通常の65歳受給権発生であれば75歳まで、68歳で受給権発生であれば78歳まで繰り下げすることができるようになります。

本コラムの以下の解説では、通常の65歳で受給権発生するものとします。

そうすると、増額の対象となる年金額は、65歳時点の年金額となりますが、これも厳密に説明すると以下の通りとなります。

【繰り下げ増額の対象となる年金額】
・65歳時点の年金額に繰り下げ請求時までの、賃金・物価スライドおよびマクロ経済スライドを適用した金額

繰り下げしている間の、賃金・物価スライドとマクロ経済スライドによる改定が反映されているところがポイントですね。

65歳以降も厚生年金に加入した場合の年金

厚生年金は70歳まで加入義務がありますが、65歳で受給権が発生した以降も厚生年金に加入した場合の年金額はどうなるのでしょう。

65歳以降に厚生年金に加入した場合は、現行制度だと、退職時もしくは70歳到達時に、65歳以降の加入分が年金に反映されます。これを退職時改定といいます。

そうすると、これまでの説明でお分かりのとおり、65歳以降に厚生年金に加入した分は、繰り下げによる増額の対象にはなりません。

具体的な事例で見てみましょう。

65歳時点の厚生年金額は120万円で、65歳以降は標準報酬月額30万円(賞与なし)で就労し、68歳で退職した場合の年金額は、その受け取り方によって以下の様になります(賃金・物価スライド、マクロ経済スライドの影響は考慮しない)。

【A:65歳から厚生年金を受給】
65歳から120万円の年金を受給し、68歳以降は退職時改定による増額分(6万円)を加えた126万円を受給する。


【B:68歳で退職と同時に繰り下げ受給】
68歳から繰り下げ増額分30万円(=120万円×25.2%)と退職時改定による増額分(6万円)を加えた、156万円を受給する。


【C:68歳で退職後70歳で繰り下げ受給】
70歳から繰り下げ増額分50万円(=120万円×42%)と退職時改定による増額分(6万円)を加えた、176万円を受給する。


3つの受給方法A,B,Cによる年金額をまとめると、下の表のとおりです。

まず、AとBを比較した場合、総受取額で逆転するのは、Bが繰り下げ受給を開始してから11年11か月後となります。これは65歳以降厚生年金に加入しないケースと同じですね。

次に、AとCを比較した場合、総受取額で逆転するのは、Cが繰り下げ受給を開始してから12年2か月後となります。逆転時期がわずかですが後ろにずれるのは、退職時改定によって増額した部分については、繰り下げによる増額の対象にならないからです。

このように、現行制度では、Bのように退職と同時に繰り下げ受給をする場合は、繰り下げ受給にマイナスの影響は及ぼしませんが、法改正によって導入される「在職定時改定」ではどうでしょう。

在職定時改定と繰り下げ受給

上で説明した退職時改定に加えて、来年度から法改正によって、在職定時改定が施行されることになっています。

在職定時改定とは、65歳以降で厚生年金加入中の年金受給者の年金額を、毎年10月に再計算によって改定する仕組みのことです。

参考コラム:2020年7月号【公的年金保険制度のABC】第6回2020年年金制度改革について(その3)

そうすると、2022年10月に65歳に到達し受給権が発生した人について、65歳時の厚生年金が120万円で、65歳以降も標準報酬月額30万円(賞与なし)で70歳まで就労した場合の年金額は、その受け取り方によって以下の様になります(賃金・物価スライド、マクロ経済スライドの影響は考慮しない)。

【X:65歳から厚生年金を受給】
在職定時改定によって毎年2万円ずつ厚生年金が増え、70歳退職以降の年金額は130万円となる。

【Y:70歳から厚生年金を繰り下げ受給】
繰り下げによる増額分50万円(=120×42%)と退職時改定による増額分10万円を、65歳時の年金額に上乗せした180万円を、70歳以降に受給する。

【Z:75歳から厚生年金を繰り下げ受給】
繰り下げによる増額分101万円(=120×84%)と退職時改定による増額分10万円を、65歳時の年金額に上乗せした231万円を、75歳以降に受給する。

3つの受給方法X,Y,Zによる年金額をまとめると、下の表のとおりです。

Yが70歳になるまでの繰り下げ待機中に、Xが受給した在職定時改定による増額分の合計20万円は、繰り下げによる増額の対象にはならないので、Yはこれを取り戻すことはできません。

したがって、Yの総受取額がXを逆転するのは、12年4か月後となり、在職定時改定がない場合の11年11か月よりも5か月ほど長くなってしまいます。

また、Zが75歳になるまでの繰り下げ待機中に、Xが受給した在職定時改定による増額分(20万円)と退職時改定による増額分(10万円×5年分=50万円)の合計70万円は、繰り下げによる増額の対象にはならないので、Zはこれを取り戻すことはできません。

Zの総受取額がXを逆転するのは12年8か月後と、さらに伸びてしまいます。

このように、在職定時改定の導入は、繰り下げ受給にとってマイナス要因となりますが、それでも配偶者加給年金と同様に、これが惜しいから繰り下げ受給を選択せずに、65歳から受給開始するのは、「オマケ欲しさに必要のないお菓子を買う」ことと同じではないかと思います。

これから、損得勘定が好きなFPなどが「繰り下げ受給の落とし穴」と称して、このことを記事にしたり、取り上げることが予想されますが、それに惑わされずに受給開始時期の選択について、お客さまのためになるアドバイスをしていただきたいと思います。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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