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第30回 最近の年金に関する所感など

2022年4月号

今回のコラムは、最近、目に留まったメディアの情報をいくつか取り上げてみたいと思います。

遺族厚生年金の見直し

「遺族厚生年金の男女差解消を検討」という見出しで、今夏にも社会保障審議会で遺族厚生年金の見直しに向けた議論を始めるというニュースが報じられていました。

公的年金保険における遺族年金制度は、昭和60年改正で基礎年金制度が導入された時に、老齢年金同様、1階部分の遺族基礎年金と2階部分の遺族厚生年金という2階建ての仕組みとなりました。

しかし、男性が主たる家計の担い手であるという考え方に基づいて制度設計がされたため、給付においては男女で異なるものとなっていました。

遺族基礎年金は、遺族の範囲として、当初は「子のある妻」としていましたが、平成24年改正によって「子のある配偶者」となり、男女の違いはなくなりました。

一方、遺族厚生年金については、男女で以下のような違いがあります。

  • 遺族が夫の場合、妻の死亡当時、55歳以上であること(60歳になるまでは支給停止)。
  • 30歳未満の子のない妻は、5年間の有期年金となる。
  • 一定の条件を満たす妻には、中高齢寡婦加算、経過的寡婦加算が支給される。

この中で、一番目の夫に対する年齢要件について、共働きが広がり、「男性が主たる家計の担い手」という従来の世帯の在り方が変わってきている中、妻が亡くなった場合に残された夫に対する年齢要件は撤廃するべきではないかと考えている方は多いと思います。

しかし、ここで遺族厚生年金の受給権は終身であるべきか、ということも検討する必要がありそうです。OECDの報告書である“Pensions Outlook 2018”では、以下のような提言がなされています。

  • 遺族配偶者に対する給付は、遺族配偶者の労働参加へのディスインセンティブや、正当化が難しい世帯間の再分配を取り除きながら、遺族配偶者の生活水準の平準化に対してより焦点を当てるべき。
  • 受給者は、支給開始年齢に達する前に、無期の遺族年金の受給資格を得るべきではない。代わりに、こうした若い世代は、新しい状況に適応するための一時的な給付を受給できるようにすべきである。

そうすると、養育する子のない若年配偶者に対しては、一時金、あるいは有期年金の支給ということも、検討されていくのではないでしょうか。

そして、そのためには労働・雇用環境における男女格差についても、これを解消する動きを進めていく必要があるでしょう。

森永氏のトンデモ論がネットで再び

2月の当コラムで、森永卓郎氏のトンデモ論がNHKで紹介されていたことをお伝えしましたが、今度はこれに尾ひれをつけたものが、ネット媒体である「PRESIDENT Online」で公開されていました。

「夫婦合計月13万円の年金だけで老後生活は十分できる」森永卓郎が体を張って実験した結論 「政府も認めている」公的年金は夫婦で月13万円時代がやってくる | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

森永氏のトンデモ論とは、夫婦世帯の平均年金額が現在の21万円から30年後には13万円になるというものですが、今回の記事では、その根拠として以下のような点が挙げられていました。

  • 日本の年金制度は賦課方式であるため、少子高齢化によって年金給付は減少せざるを得ないので、財政検証で示されているように。物価上昇率に対する年金の実質額が増えるということはあり得えない。財政検証の前提条件が現実離れしていることが問題である。
  • 労働力率の将来における想定が、60歳台後半の4分の3が働き、70歳台前半でも半数が働くことになっている。しかし、男性の健康寿命は72歳で、介護施設から通勤しない限り、このような労働力率は達成できない。
  • 年金積立金の運用利回りが、名目で5%、物価上昇率に対する実質で3%の高利回りが想定されているが、達成できるはずがない。

1番目の「賦課方式だから少子高齢化の影響を受ける」とか、3番目の「積立金の運用を名目利回りや対物価の実質利回りで評価する」ことが誤りであることは、以前の当コラムで説明した通りです。

2番目の点についても、一見すると、高齢者がこんなに高い割合で働くことはないだろう、と思うかもしれませんが、データで確認してみましょう。

下のグラフは、労働力調査による男性の労働力率(人口に対する労働力人口の割合)の実績値を表したものです。

60歳台後半、70歳台前半共に、男性の労働力率は上昇しており、財政検証の前提条件で一番高い「労働参加が進むケース」で想定している、2040年に60歳台後半で71.6%、70歳台前半で49.1%は、十分達成可能であるように見えますが、いかがでしょうか。

また、健康寿命を要介護となる年齢として引用しているのも、誤解を招きます。下の図表で示されているとおり、本格的な介護が必要となる「要介護2」となる平均年齢は、男性で79歳です。

このように、ヒューリスティックな言説によって、持論を正当化しようとする森永氏には、疑問を持たざるを得ません。このようなデマを信じて、年金不信に陥り、受給開始時期などの判断を誤る方が出てこないように、祈るばかりです。

トンデモ論者を連発するPresident Online

森永氏のトンデモ年金記事から2日後に、PRESIDENT Onlineはまたまたトンデモ記事を公開しました。筆者は、小黒一正教授(法政大学経済学部)です。

「やっぱり年金だけでは老後生活は破綻する」日本政府がひた隠しにする年金制度の大問題 持続可能かどうかの「判断基準」がどう考えてもおかしい | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

この記事を読めば、おかしいところだらけであることが分かると思います。以下に、間違っているポイントとその理由についてまとめてみました。

  1. 「モデル世帯」の年金額は上位2割の富裕層
    モデル世帯の夫は平均的な給料で厚生年金40年加入して、年金の月額は15.5万円、妻は40年間専業主婦で6.5万円、夫婦合計で22万円ですが、これのどこが上位2割でしょうか。「厚生年金保険・国民年金事業年報」で公表されている年金額の分布をみれば、これが明らかな間違いであることが分かります。
  2. 所得代替率の計算方法がおかしい
    所得代替率の計算式の分子である年金額は額面で、分母の給与は手取りだから、代替率が過大になっているといっていますが、代替率は年金の給付水準を過去から未来にわたって比較し評価するための「物差し」であり、同じ物差しを使って制度を評価することに問題はありません。
  3. OECDの年金国際比較によると日本の給付水準はワーストクラス
    OECDの所得代替率の国際比較を持ち出して、日本はワーストクラスとこき下ろしています。しかし、日本の代替率はマクロ経済スライドによる調整を反映したもので、保険料水準も異なり、私的年金が含まれていないなど、単純に比較ができないものなのです。

そして、何よりも驚いてしまうのは、森永氏同様、財政検証における経済前提が甘すぎると批判しているのですが、これが誤った確率計算に基づくものであるということです。

財政検証では、経済前提を定義する軸となるファクターに、全要素生産性(TFP)上昇率が用いられています。TFPは経済成長を生み出す要因の1つで、技術革新に起因するものとされています。

財政検証の経済前提では、TFP上昇率を1.3%(ケースⅠ)~0.3%(ケースⅥ)と想定しています。これは、下の図で表されるTFP上昇率の過去30年間の分布に基づいて設定されたものです。

例えば、経済前提のケースⅢでは、TFP上昇率を0.9%と想定しています。そして、分布によると、TFP上昇率が0.9%以上となったのは、過去30年間で19回あり、全体の63%を占めていることが分かります。

ここで、小黒教授は、長期(例えば50年間)に渡ってTFPが0.9%以上を維持するには、常に0.9%以上でなければならないので、ケースⅢが起こる確率は「0.63の50乗」とほぼゼロであると解説したのです。

そして、常に0.9%以上だと厳しすぎるので、50年間のうち35回は0.9%を以上となればよいとして、その確率を計算した結果が19.1%となります。

しかし、お分かりになった方もいると思いますが、ケースⅢが実現する確率をこのように計算することは誤りです。ケースⅢが実現する条件は、単年度では0.9%を上回ったり、下回ったりしても構いませんが、これを50年間で平均したときに0.9%以上となる確率を求めなければなりません。

別の簡単な例として、サイコロを2回振って平均が3以上となる確率を考えてみてください。小黒教授のやり方だと、1回振って3以上となる確率は3分の2なので、これを2乗して9分の4となりますが、これは間違いですよね。正解は、2回振った合計が6以上となる場合を数えればいいので、36分の26、すなわち18分の13となります。

少々、細かい確率の計算の話になってしまいましたが、小黒教授は、誤った計算方法によって、経済前提の発生確率を過少に見積もり、それに基づいて、経済前提が甘いと批判しているのです。

そもそも、財政検証の経済前提は、良いものから悪いものまで幅広く設定しますが、どれがメインシナリオだとか、発生確率がどうとか、予測のようなことはしないという前提なんですけどね。

小黒教授は、社会保障審議会の「年金財政における経済前提に関する専門委員会」の委員であるのに、このようなデタラメな記事を書いていることは大きな問題だと思います。

そして、トンデモ記事を連発したPRESIDENT Onlineに対しても、注視していきたいと思います。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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