今回のコラムは、最近、目に留まったメディアの情報をいくつか取り上げてみたいと思います。
「遺族厚生年金の男女差解消を検討」という見出しで、今夏にも社会保障審議会で遺族厚生年金の見直しに向けた議論を始めるというニュースが報じられていました。
公的年金保険における遺族年金制度は、昭和60年改正で基礎年金制度が導入された時に、老齢年金同様、1階部分の遺族基礎年金と2階部分の遺族厚生年金という2階建ての仕組みとなりました。
しかし、男性が主たる家計の担い手であるという考え方に基づいて制度設計がされたため、給付においては男女で異なるものとなっていました。
遺族基礎年金は、遺族の範囲として、当初は「子のある妻」としていましたが、平成24年改正によって「子のある配偶者」となり、男女の違いはなくなりました。
一方、遺族厚生年金については、男女で以下のような違いがあります。
この中で、一番目の夫に対する年齢要件について、共働きが広がり、「男性が主たる家計の担い手」という従来の世帯の在り方が変わってきている中、妻が亡くなった場合に残された夫に対する年齢要件は撤廃するべきではないかと考えている方は多いと思います。
しかし、ここで遺族厚生年金の受給権は終身であるべきか、ということも検討する必要がありそうです。OECDの報告書である“Pensions Outlook 2018”では、以下のような提言がなされています。
そうすると、養育する子のない若年配偶者に対しては、一時金、あるいは有期年金の支給ということも、検討されていくのではないでしょうか。
そして、そのためには労働・雇用環境における男女格差についても、これを解消する動きを進めていく必要があるでしょう。
2月の当コラムで、森永卓郎氏のトンデモ論がNHKで紹介されていたことをお伝えしましたが、今度はこれに尾ひれをつけたものが、ネット媒体である「PRESIDENT Online」で公開されていました。
森永氏のトンデモ論とは、夫婦世帯の平均年金額が現在の21万円から30年後には13万円になるというものですが、今回の記事では、その根拠として以下のような点が挙げられていました。
1番目の「賦課方式だから少子高齢化の影響を受ける」とか、3番目の「積立金の運用を名目利回りや対物価の実質利回りで評価する」ことが誤りであることは、以前の当コラムで説明した通りです。
2番目の点についても、一見すると、高齢者がこんなに高い割合で働くことはないだろう、と思うかもしれませんが、データで確認してみましょう。
下のグラフは、労働力調査による男性の労働力率(人口に対する労働力人口の割合)の実績値を表したものです。
60歳台後半、70歳台前半共に、男性の労働力率は上昇しており、財政検証の前提条件で一番高い「労働参加が進むケース」で想定している、2040年に60歳台後半で71.6%、70歳台前半で49.1%は、十分達成可能であるように見えますが、いかがでしょうか。
また、健康寿命を要介護となる年齢として引用しているのも、誤解を招きます。下の図表で示されているとおり、本格的な介護が必要となる「要介護2」となる平均年齢は、男性で79歳です。
このように、ヒューリスティックな言説によって、持論を正当化しようとする森永氏には、疑問を持たざるを得ません。このようなデマを信じて、年金不信に陥り、受給開始時期などの判断を誤る方が出てこないように、祈るばかりです。
森永氏のトンデモ年金記事から2日後に、PRESIDENT Onlineはまたまたトンデモ記事を公開しました。筆者は、小黒一正教授(法政大学経済学部)です。
「やっぱり年金だけでは老後生活は破綻する」日本政府がひた隠しにする年金制度の大問題 持続可能かどうかの「判断基準」がどう考えてもおかしい | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
この記事を読めば、おかしいところだらけであることが分かると思います。以下に、間違っているポイントとその理由についてまとめてみました。
そして、何よりも驚いてしまうのは、森永氏同様、財政検証における経済前提が甘すぎると批判しているのですが、これが誤った確率計算に基づくものであるということです。
財政検証では、経済前提を定義する軸となるファクターに、全要素生産性(TFP)上昇率が用いられています。TFPは経済成長を生み出す要因の1つで、技術革新に起因するものとされています。
財政検証の経済前提では、TFP上昇率を1.3%(ケースⅠ)~0.3%(ケースⅥ)と想定しています。これは、下の図で表されるTFP上昇率の過去30年間の分布に基づいて設定されたものです。
例えば、経済前提のケースⅢでは、TFP上昇率を0.9%と想定しています。そして、分布によると、TFP上昇率が0.9%以上となったのは、過去30年間で19回あり、全体の63%を占めていることが分かります。
ここで、小黒教授は、長期(例えば50年間)に渡ってTFPが0.9%以上を維持するには、常に0.9%以上でなければならないので、ケースⅢが起こる確率は「0.63の50乗」とほぼゼロであると解説したのです。
そして、常に0.9%以上だと厳しすぎるので、50年間のうち35回は0.9%を以上となればよいとして、その確率を計算した結果が19.1%となります。
しかし、お分かりになった方もいると思いますが、ケースⅢが実現する確率をこのように計算することは誤りです。ケースⅢが実現する条件は、単年度では0.9%を上回ったり、下回ったりしても構いませんが、これを50年間で平均したときに0.9%以上となる確率を求めなければなりません。
別の簡単な例として、サイコロを2回振って平均が3以上となる確率を考えてみてください。小黒教授のやり方だと、1回振って3以上となる確率は3分の2なので、これを2乗して9分の4となりますが、これは間違いですよね。正解は、2回振った合計が6以上となる場合を数えればいいので、36分の26、すなわち18分の13となります。
少々、細かい確率の計算の話になってしまいましたが、小黒教授は、誤った計算方法によって、経済前提の発生確率を過少に見積もり、それに基づいて、経済前提が甘いと批判しているのです。
そもそも、財政検証の経済前提は、良いものから悪いものまで幅広く設定しますが、どれがメインシナリオだとか、発生確率がどうとか、予測のようなことはしないという前提なんですけどね。
小黒教授は、社会保障審議会の「年金財政における経済前提に関する専門委員会」の委員であるのに、このようなデタラメな記事を書いていることは大きな問題だと思います。
そして、トンデモ記事を連発したPRESIDENT Onlineに対しても、注視していきたいと思います。
公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲