皆さんもご存じかと思いますが、6月3日に公表された人口動態統計によると、2021年の合計特殊出生率は、前年の1.33から1.30に低下したということです。
合計特殊出生率(以下、出生率)とは、一人の女性が一生の間で生む子どもの数とされていて、丙午(ひのえうま、1966年)のような特殊な要因を除いて、低下傾向を示してきました。2005年以降はやや持ち直したものの、2019年から再び低下に転じ、2020年、2021年はコロナ禍の影響もあるのか、さらに低下している状況です。
そして、少子化の進行による年金制度への影響について、東洋経済(7月9日号)では「人口減サバイバル、選挙後に迫る年金危機」というセンセーショナルなタイトルで取り上げています。
2019年の財政検証における出生率の前提は、2017年4月に公表された「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)に基づいて、以下のように高位、中位、低位の3通りが定められていました。
この前提に対し、出生率の実績は下のグラフのように推移しています。2018年までは、中位推計に沿うように推移しましたが、2019年からは中位から乖離し始め、低位に近づくような形になっています。
財政検証では、ケースⅠからケースⅥまで6つの経済前提(賃金・物価等の動向)における所得代替率を試算していますが、出生率については、通常中位推計のものが報じられています。
ところが、低位推計だと下の表のとおり、経済前提が良い方であるケースⅠやケースⅢでも、所得代替率は50%を下回ってしまうことになります。
【出生率と所得代替率の関係】
所得代替率は、50%を確保することが法律で定められています。そこで、先に紹介した東洋経済のタイトルのような「年金危機」というような報道がこれから増えてくるかもしれませんが、これにはあまり踊らされないよう、注意が必要です。
上の試算のように、出生率の低下によって所得代替率が50%を下回るようになるのは、マクロ経済スライドによる給付水準の調整が長期化することによって起こることなので、まだまだ先の話です。
また、これまでのコラムでも、たびたびお話ししてきたことですが、年金制度は社会経済情勢に依存するものなので、少子化による給付水準の低下を防ぐためには、少子化対策に取り組むしかないのです。
年金制度改革は、2019年の財政検証のオプション試算で示された、適用拡大と基礎年金拠出期間の延長を着実に進める必要があるでしょう。
「年金危機」を煽って「年金制度の抜本的改革が必要」というようなことをいうメディア、専門家、政治家が出てくるかもしれませんが、これに惑わされて時間を無駄にすることも避けるべきです。
紹介した東洋経済の特集も、結論はそのようなことになっています。もしかしたら、年金不安を煽ることによって、年金制度だけに影響がとどまらない少子化対策に真剣に取り組むように、はっぱをかけているのかもしれませんね。
少子化の進行は、将来の給付水準にとってマイナス要因ですが、一方で積立金がプラス要因となる可能性があります。
7月1日に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が公表した、2021年度の運用実績は、年間収益額が10兆円となり、運用資産額は197兆円となりました。
公的年金の積立金は、GPIFが運用している分に加えて、共済組合が運用している分がありますが、共済組合による運用分については、2021年度の実績はまだ公表されていません。ただ、運用の方針はGPIFと同じようなものなので、その金額を推計すると、公的年金の積立金の資産総額は247兆円となります。
一方、財政検証での試算(経済前提ケースⅢ)によると、2021年度における積立金の総額は、217兆円となっていて、実績値(247兆円)はこれを14%程上回っています。年金数理部会が行っている「財政検証の検証」であるピアレビューの報告書(2020年12月25日)によると、積立金が10%増加した場合は、所得代替率が1.5%ポイント上昇するとされています。
そうすると、2021年度における積立金総額の上振れによって、所得代替率は2%ポイント程上昇することになり、少子化によるマイナス要因を相殺することになりそうです。
積立金は短期的には大きく変動することもあるので、2022年度がどうなるか分かりませんが、余計な雑音を招かずに、腰を据えて制度改革の議論を進めるには、所得代替率が安定している方が良いのではないかと思います。
しかし、逆に危機感をもって、年金制度だけの問題だけではない少子化対策に取り組んでもらうためには、「年金危機」がきっかけになるのかもしれません。
「2000万円問題」が結果として、国民に資産形成の重要さを知ってもらい、行動を起こすきっかけとなった面はありますが、そこに至るまでには年金制度に対する誤解が広がったり、これに便乗して不安を煽って必要のない金融商品や保険を販売することに繋がったりという副作用があったことも事実です。
情報の伝え方は、諸刃の剣であることを承知した上で、慎重に行うことが必要です。
人口推計は通常5年ごとに実施されている国勢調査などの結果に基づいて行われていて、今年の春頃に公表される予定でしたが、一部の基礎調査がコロナ禍のために延期となっているため、今回の人口推計の公表は2023年の頭になりそうです。
そして、その結果を踏まえて、2024年財政検証の作成が行われますが、次期財政検証に向けた議論は、今夏から始まる予定なので、その動向にも注目したいと思います。
最後にもう一度繰り返しますが、少子化にしろ、賃金や物価の動向にしろ、これらが低迷するのは、一義的には社会経済の問題であって、年金制度はそのような社会経済の状況を映す鏡にすぎません。
年金制度の給付水準を改善し、持続可能性を高める制度改革は、適用拡大、基礎年金拠出期間の延長、マクロ経済スライドのフル適用、そしてマクロ経済スライドによる調整期間の一致と、その方向性は定められています。これらをいかに実現していくかということに、限られたリソースが使われることを望んでいます。
公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲