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第34回 年金の繰り上げと障害年金

2022年8月号

繰り上げ請求の相談が増加

最近、年金事務所の窓口では、繰り上げ請求の相談が増えているように感じています。年金事務所の他の職員の方も同じように感じているようです。

4月以降、年金制度改正が施行される中、テレビなどで「年金は何歳から受け取るのがいいのか」という特集を目にすることが多かったと思いますが、一般の皆さんにも「年金は60歳から75歳の間で好きな時に受給開始できる」ということが広まってきたのではないかと思います。

したがって、窓口では繰り上げだけではなく、繰り下げについても関心を示す方が増えているのですが、繰り下げる場合は、請求手続きは繰り下げて受給開始する時になるので、請求手続きの数でいうと、繰り上げが増えていると感じる次第です。

繰り上げ請求する理由を尋ねてみると、60歳以降再雇用で働いているが、給料が下がったため住宅ローンの返済が苦しいとか、がんになってしまい、長生きできそうにないとか様々です。

年金事務所の窓口では、あまり立ち入ったことを聞いて相談に乗ることはできませんが、前者のケースだったら、退職金や貯蓄はないのか、妻は働いていないのか、など検討するべきでしょうし、後者のケースでも、早期発見であればがんは治る病気でもあるので、繰り上げ請求の判断は、慎重にして欲しいと思います。

繰り上げ請求と障害年金

さて、繰り上げ請求には、減額された年金を生涯にわたって受給することになるなど、いくつか注意点があり、「障害年金が請求できなくなる」という点もその一つで皆さんもご存じかと思います。しかし、障害年金が全く請求できなくなるわけではなく、繰り上げ請求後でも、障害年金を請求できるケースはあります。

繰り上げ請求する場合、窓口では「繰り上げ請求についてのご確認」というリストに基づいて、繰り上げ請求における注意点を確認することになっていますが、障害年金については、以下のように書かれています。

繰り上げ請求した日以後は、事後重症などによる障害基礎(厚生)年金を請求することができません。(治療中の病気や持病がある方は注意してください)。

障害年金の請求方法は、基本的には、①障害認定日による請求と、②事後重症による請求があります。障害認定日とは、障害の原因となった病気やけがについて、初めて医師の診療を受けた日(初診日)から1年6か月を経過した日、または、症状が固定した日や認定日の特例に該当する日(ペースメーカー装着等)がそれより早い場合はその日になります。

そして、障害認定日では、障害年金に該当するほど重症ではなかったけど、その後症状が悪化した時に請求するのが事後重症請求です。事後重症請求は、65歳の誕生日の前々日までにする必要があり、請求した日の翌月から支給されます。

繰り上げ請求は、基礎年金と厚生年金を同時にする必要があり、65歳支給開始の基礎年金を繰り上げて受給すると、年金上は65歳に達したものとされるので、事後重症請求はできなくなります。

それでは、繰り上げしても認定日請求ならできるかというと、できないケースもあるので、それらを確認していきたいと思います。なお、以下の事例では、保険料納付要件は満たしているものとします。

(1) 初診日が国民年金加入期間にある場合
60歳になるまでは国民年金に強制加入で、その間に初診日があるケースです。障害認定日が繰り上げ請求後であっても、障害基礎年金を請求することができます。初診日が、厚生年金に加入していた期間であれば、障害厚生年金を請求することになります。

(2) 初診日が国民年金任意加入期間にある場合
初診日が、60歳以降に国民年金に任意加入した期間にあっても、(1)と同様に繰り上げ請求した後でも障害認定日で請求することができます。国民年金に任意加入している場合は障害基礎年金を、任意加入の代わりに厚生年金に加入していれば、障害厚生年金を請求することになります。

繰り上げ請求すると国民年金の任意加入はできなくなりますが、厚生年金であれば、繰り上げ請求しても加入できるので、初診日が繰り上げ請求後でも認定日で請求できることになります(ただし、初診日は65歳前の必要あり)。

(3) 初診日が60歳以上65歳未満の未加入期間にあり、繰り上げ請求が認定日より後の場合
国民年金は60歳になるまでは強制加入なので、60歳以降は任意加入か厚生年金に加入しない場合は、未加入となります。未加入であっても60歳以上65歳未満である間に初診日がある場合は、障害基礎年金が請求できます(国内居住要件あり)。このケースで繰り上げ請求をした場合、繰り上げ請求が認定日より後であれば、認定日で請求することができます。

このケースでは、「なぜ、繰り上げ請求する前に、障害年金を請求しないのか」と思われるかもしれません。ただ、実際には、障害年金を請求できることを知らずに繰り上げ請求してしまったが、その後障害年金を請求できることを知ったため、遡って障害年金を請求するという事例がありました。認定日での請求は、遡って請求できるところがポイントです。ただし、年金の支払いは、5年以上前の分は時効消滅となるので、遡って受け取れるのは最大で5年分ということになります。

(4) 初診日が60歳以上65歳未満の未加入期間にあり、繰り上げ請求が認定日より前の場合
(3)と同様に、初診日は60歳以上65歳未満の未加入期間ですが、繰り上げ請求が認定日より前の場合は、認定日で請求することはできません。

これが(2)のように、60歳以降も国民年金の任意加入や厚生年金に加入している期間に初診日があれば、繰り上げ請求した後でも認定日で請求できる可能性が残ります。60歳以降に公的年金に加入することは、老齢年金を増やすだけではなく、様々な状況で年金請求の選択肢を増やすことにもなります。

このように、様々な事情で繰り上げ請求する場合でも、障害年金が請求できるケースがあることを頭に入れておくとよいでしょう。

障害年金の見直しを検討

繰り上げ請求した場合の障害年金の請求について解説してきましたが、障害年金自体の制度見直しが行われる予定であることが、最近報道されました。障害年金は、初診日に加入していた制度によって、障害基礎年金と障害厚生年金に分かれますが、障害厚生年金の方が、障害の程度が軽い3級から年金が受給でき、1級、2級に該当すれば、障害基礎年金も併せて受給できるので、給付が厚くなっています。

ところが、長年厚生年金に加入したにも関わらず、初診日が退職後にあると、障害基礎年金が対象となってしまい不利な扱いを受けてしまうことになってしまいます。初診日のわずかな違いによって、障害年金の給付内容に差がつくことについての問題点が指摘されていて、制度改正の議論が進められるようです。

前にお話しした通り、遺族年金についても見直しが行われる予定となっていて、老齢年金だけに限らず、これからの年金制度改正の議論には注目していく必要がありますね。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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