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第35回 高額な年金を受給する世帯の落とし穴

2022年9月号

600万円を超える年金のワケ

先日、年金事務所の窓口に、遺族年金の請求に来た方の話です。昭和10年生まれの夫が亡くなり、妻が遺族年金を請求するという典型的な例なのですが、亡くなった男性の記録を確認していたところ、その年金額に驚きました。

なんと、619万円だったのです。

大企業に長く勤務していた方で、年金額の内訳を見ると、以下のようなものでした。

老齢基礎年金:146万円
・基本額:78万円
・繰り下げ加算:68万円

老齢厚生年金:473万円
・基本額:259万円
・繰り下げ加算:214万円

繰り下げ受給をしていたようですが、それにしても繰り下げ加算の金額が基本額の倍近くになっていて、大きすぎるように見えます。念のために、年金事務所の職員と確認したところ、以下のようなことでした。

昭和16年4月1日以前に生まれた方については、繰り下げ増額率が以下のように年単位で定められています。

現在は、66歳以降に繰り下げて受給する場合、増額率は月単位で1か月あたり0.7%と定められていますが、昔の人は違うのですね。そして、増額率をよく見ると、1年超~2年以内で12%なのが、5年超だと88%となっています。

現在の、1年あたりの増額率は8.4%(=0.7%×12)なので、昔の1年目の増額率(12%)はずいぶん高くなっています。これは、昔の方が平均寿命(余命)が短かったためです。

また、昔の増額率は、年数に応じて直線的に増えるのではなく、指数関数的に増えています。1年目の増額率を単純に5倍すると60%ですが、5年超の実際の増額率は88%です。このように増額率が指数関数的に増えるのは、数理的には正しいのですが、実務的な取り扱いが難しいため、現在は、直線的に増える形になっています。

繰り下げの理論上の増額率と実際の増額率は、以前のコラムで解説しています。

参考コラム:2020年6月号【公的年金保険制度のABC】第5回 2020年年金制度改革について(その2)

75歳を過ぎても繰り下げできる?

ところで、昭和16年4月1日生まれ以前の方に適用される増額率について知っていても、実務の役に立たないのでは、と思う方もいるかもしれませんが、そうとも限りません。

平成29年8月に、年金受給に必要な受給資格期間が25年から10年に短縮されましたが、この時に受給権が発生した昭和16年4月1日生まれ以前の方には、昔の増額率が適用されます。

でもそのような方は、受給権が発生した時点で、すでに70歳台後半ですから繰り下げなどできないのではないかと、思うかもしれません。繰り下げができるのは、法改正で上限が延びても75歳までですから。

しかし、繰り下げの上限は本来年齢で定められているものではありません。受給権が発生してから10年間は繰り下げができるのです。通常、65歳で受給権が発生するので、上限は75歳と言われていますが、65歳後に受給権が発生した場合は、75歳を超えて繰り下げすることも可能です。

したがって、受給資格期間の短縮によって受給権が発生した昭和16年4月1日生まれ以前の方は、5年間繰り下げれば88%増額した年金を受給することが可能です。もともと、資格期間が短く、年金額が少ない方にとっては、検討に値する選択肢ではないでしょうか。

遺族年金が少ない!

話を亡くなった方の年金額に戻しましょう。年金が619万円ということは、月額で51万円です。令和2年度の厚生年金保険・国民年金事業年報によると、現在の厚生年金の受給権者で、年金月額が30万円以上の方は、1万6000人程度で、全体の0.1%ですから、超高額年金受給者と言えるでしょう。

しかも、妻の方も国民年金だけですが、やはり繰り下げていて、110万円程あります。したがって、夫婦二人で729万円の年金を受給していたことになります。なんとも、うらやましい限り…と思いながら、遺された妻がこれから受け取る遺族年金の金額を試算してみると、以下のようになりました。

妻の遺族年金:206万円
・基本額:174万円
・経過的寡婦加算:32万円

妻自身の国民年金と合わせて316万円です。これも、遺された妻が受け取る年金としては、私の記憶の範囲では1番高いものでしたが、妻の表情はさえず、金額を印刷した資料をじっと見ながら、「金額が少なくありませんか?」と尋ねてきました。

もしかしたら、遺族年金の俗説である「亡くなった夫の年金額の半分」というのが頭にあったのかもしれません。それだと、遺族年金は310万円で、それに妻本人の年金額を足した420万円位を期待していたのでしょうか。

この俗説は、もちろん誤りですが、モデル世帯に近い年金額だと、俗説による金額は、正しい金額に近い額になります。しかし、この事例では、そうなりません。一番の理由は、繰り下げによる増額分は、遺族年金に含まれないということです。

妻が受給する遺族厚生年金は、夫の厚生年金のうち繰り下げによる増額分を除いた、報酬比例部分だけが計算の対象となり、その4分の3となります。

妻が今後受け取る年金額自体は、十分高いように見えますが、夫の生前に夫婦2人で受給していた金額(729万円)と比べると、4割程度となり生活設計が大きく狂ってしまうのかもしれません。

やはり、こちらのコラムでもたびたびお話ししてきたように、現在夫婦で受給している年金の多寡に関わらず、配偶者(通常は夫)が亡くなった場合の遺族年金の金額はあらかじめ確認して、そうなった時の生活設計をしておくことが必要だと、あらためて感じました。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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