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第37回 年金制度改革「支え手を増やすため」は間違い

2022年11月号

前回のコラムでお伝えしたとおり、9月28日の日本経済新聞の報道以来、年金制度改革に関する報道が増え、10月25日には、2024年度の財政検証と、それに基づく制度改革の議論を行う社会保障制度審議会年金部会がキックオフされました。

世間の関心が年金制度改革に向かう中、マスコミによる報道やネット媒体による情報発信も盛んになってきていますが、やはり、誤解を招くものも少なくありません。

今回、主に検討されるのは以下の3つの改革案です。

① マクロ経済スライドの調整期間を基礎年金と厚生年金で一致させる
② 基礎年金の保険料拠出期間を45年に延ばす
③ 適用拡大をさらに進める

この中で、①については前回のコラムで解説したので、今回のコラムでは、②と③について解説をしたいと思います。

保険料拠出期間の延長

これは、基礎年金の加入期間を現在の20歳~59歳の40年間から、20歳~64歳の45年間に延長し、納付年数が延びた分に合わせて基礎年金を増額するものです。

しかし、これを「60歳から5年間で保険料負担が100万円増える」と保険料負担の増加の方だけを強調するような報道が多く、前回のコラムの終わりに書いたように、ネット上などで世論の反発を招いています。

そこで、納付期間の延長による効果を試算している、前回の財政検証でのオプション試算の内容を確認してみましょう。

まず、加入期間延長のオプション試算は、以下の前提条件に基づいて行われています。

① 加入期間は、いきなり45年に延長するのではなく、段階的に1年ずつ延長する。
② 加入期間の延長に応じて、給付も比例して増額される。
③ 60歳以降も、60歳前と同様に第1号被保険者が低所得者の場合は申請に基づいて免除を適用する。
④ 加入期間延長によって公的年金の加入者数は増加するが、それがマクロ経済スライドの調整率に与える影響については、考慮しない。

①については、2026年度に60歳となる1966年度(昭和41年度)生まれから、下表のスケジュールにしたがって、3年毎に納付期間を1年延長します。

そして、②および上の表から分かる通り、加入期間の延長によって保険料負担が増える分は、そのまま給付増につながるもので、現受給者のために使われるものではありません。

また、③が示す通り、60歳で退職した場合など低所得者に対しては、60歳前と同様の免除の制度があるわけですから、経済的に苦しければ免除の申請をすればよいだけです。

下のグラフは、基礎年金の受給者1人あたりの給付費(2019年を1とし、2019年度の価格に換算したもの)の見通しを、現行制度とオプション試算で比較したものです。

当面は、現行制度も45年延長も1人あたりの給付費の水準に差はなく、マクロ経済スライドによる調整のために給付費は抑制され同じように低下していきますが、45年延長への引上げが完了する2038年度あたりから、45年分の給付を受ける受給者の割合が増え始め、45年延長の給付費は現行制度と比べて高い水準で維持されます。

しかし、基礎年金の給付費が上がるということは、基礎年金給付の2分の1を賄う国庫負担の増加にもつながります。その財源をどのようにして確保するのかということが、大きな課題となります。

一方、この試算には注意点もあります。それが、④の前提条件です。納付期間の延長によって、60歳以降も国民年金の第1号被保険者、第3号被保険者になる人が増えるので、本当はマクロ経済スライドの調整率が影響を受けることになります。

マクロ経済スライドの調整率=
公的年金被保険者数の変動率+平均余命の伸び率(▲0.3%)

上のマクロ経済スライドの調整率の算式より、45年延長によって被保険者数が増えると調整率が甘くなってしまいます。そうすると、現受給者の給付水準の抑制が十分に効かなくなり、調整期間が長引くため将来の給付水準が想定しているほど改善しない可能性もあります。次回の財政検証では、調整率に対する影響も加味した、より精緻な試算が求められるところです。

経過的加算について

厚生年金に60歳以降も加入している人はどうなるのでしょう。現行制度では、60歳以降厚生年金に加入しても、その期間は基礎年金の計算には反映されません。しかし、経過的加算によって厚生年金の加入期間が480月に達する分までは、基礎年金相当額が支給されることになります。

経過的加算は、以下の算式で計算されます。

経過的加算(令和4年度の価格)=①―②
①:1621円×(生年月日に応じた乗率)※1×(厚生年金の加入月数)※2
②:老齢基礎年金の額

算式の※1、※2に関しては、生年月日が昭和21年4月2日以降の場合、乗率は1で加入月数の上限は480月です。したがって、この生年月日の人が大学在学中は国民年金が未納で、22歳から62歳になるまでの40年間厚生年金に加入した場合、経過的加算は以下のように計算されます。

①=1621円×1×480=778,080円
②=777,800円×456/480=738,910円
経過的加算=①―②=39,170円

上の基礎年金の額(②)と経過的加算の合計が778,080円で、基礎年金の満額(777,800円)とほぼ同じになるので、経過的加算は60歳以降に厚生年金に加入した場合に、基礎年金相当額をプラスする役割のように解釈されます。ただし、22歳から65歳になるまでの43年間厚生年金に加入しても、経過的加算の計算では上限が40年ですから、3年分の経過的加算はなく、報酬比例部分だけしか増えないので、なんか損した気分になります。

45年延長が実現すれば、このようなケースでも43年分の基礎年金が受給できるので、60歳以降も働く人が増えている状況に合わせた改革であると言えるでしょう。

そして、経過的加算についていうと、これは本来60歳以降の基礎年金相当額を支給する目的ではなかったということも確認したいと思います。

例えば、生年月日が昭和10年4月2日の人が、22歳から62歳になるまでの40年間厚生年金に加入した場合はどうなるでしょう。

この場合、※1の乗率は1.413で※2の加入月数の上限は444月となります。そうすると、経過的加算は以下のように計算されます。

①=1621円×1.413×444=1,016,970円
②の基礎年金は、昭和10年4月2日生まれ場合、20歳~59歳の加入期間が34年で満額となるので、777,800円
経過的加算=①―②=239,170円

経過的加算がずいぶん高く感じると思います。これは、昭和61年4月1日以前の旧法の時代には基礎年金がなく、厚生年金の定額部分が当時一般的であった専業主婦の分も含めて支給されていました。

昭和61年4月2日に現在の制度に移行した際に、厚生年金の定額部分は、制度共通の基礎年金に変わり、専業主婦は3号被保険者として自分自身の基礎年金を受給できるようになり、厚生年金の定額部分は経過措置を経て、生年月日が昭和21年4月2日以降の方は、ほぼ半分になりました。

上の事例のように経過措置による移行期間の間にある方は、特別支給の老齢厚生年金で受け取っていた厚生年金の定額部分が、65歳から基礎年金に変わると、金額が大きく下がることになるので、それを補填するための制度が経過的加算ということになっていたのです。

しかし、特老厚で定額部分が支給されるのは、現在では障害者特例か長期特例に該当する方だけで、さらに特老厚は令和7年度(女性は令和12年度)までの制度なので、厚生年金の定額部分もいずれなくなり、経過的加算の役割も終わりになるので、タイミング的にも45年延長が実現すればちょうどいい感じがします。

経過的加算の話が長くなりましたが、45年延長の案の実現性に関しては、先に述べたように財源の調達にかかっています。まあ、普通に考えれば消費税アップということになると思うのですが、これは政治的に容易ではないでしょう。

ところで、45年延長が実現したとしても、現状では40年の満額を受給できる人は少数派です。当面は、免除期間の保険料を追納する、60歳以降国民年金に任意加入する、60歳以降厚生年金に加入して経過的加算を増やすなど、個人で40年の満額を受給できるようにしていくことも重要だと思います。

適用拡大のゆくえ

次は、適用拡大についてです。適用拡大の効果や意義については、これまで何度もお話ししてきたので、今回は今後の適用拡大の範囲について確認したいと思います。

年金部会や全世代型社会保障構築会議では、「企業規模の完全撤廃」と「非適用業種の見直し」という話が出ていますが、この2つによって、適用の範囲がどのくらい拡大するのか見てみましょう。

図の①~③は、次の適用拡大の段階によって、加入対象となる短時間労働者の数を表しています(図は10月25日に開催された社会保障審議会年金部会の資料より抜粋)。

①:企業規模要件の完全撤廃(125万人のうち、65万人は2024年10月の改正で適用)
②:賃金要件撤廃
③:一定の賃金収入(月5.8万円)以上の全被用者

今、話に出ている「企業規模の完全撤廃」が実現すれば、①は達成、②についても、最低賃金が政府目標の1000円になれば、週20時間で賃金要件の月8.8万円はクリアする。そうすると賃金要件は関係なくなり、325万人が社会保険加入の対象となります。

さらに、「非適用業種の見直し」が進めば、そこでフルタイムで働く300万人に、20時間以上30時間未満の短時間労働者を加えた、相当数の労働者が社会保険に加入することになります。

それでは、「非適用業種の見直し」とはどういうことでしょう。これは、法人ではない個人事業所に関連するものです。

社会保険は、法人であれば、たとえ社長1人の事業所でも適用の対象となります。一方、法人ではない個人事業所に関しては、「従業員が5人以上」であれば強制適用ですが、非適用業種に該当する事業所は、5人以上でも強制適用になりません。

非適用業種とは、理容・美容業、旅館や飲食店等の接客娯楽業が該当します。令和4年9月までは、法律や会計の業務を行う事業所、いわゆる士業の個人事業所も非適用業種でしたが、これらは法改正によって非適用業種から外れました。

今回は、この非適用業種の撤廃を目指すことになりますが、飲食業や宿泊業は特にコロナ禍の影響を受けており、その実現は容易ではないと思いますが、そこで働く労働者の生活保障を手厚くすることの方が重要だと思います。また、業種だけではなく「5人以上」という規模要件についても撤廃の方向なのか、議論の行方に注目していきたいと思います。

「支え手を増やす」ではない

今回は、年金制度改革の「納付期間の延長」と「適用拡大」について、お話ししましたが、これらについて報道されるときに、ほぼ必ず言われることが、「支え手を増やす」ということです。

このような報道に対して、全世代型社会保障構築会議における、権丈善一教授(慶應大学)と香取照幸教授(上智大学)の発言を紹介します。

【権丈善一教授の発言より】
この適用拡大に関しまして、昨日も日経新聞の一面で誤った報道がなされていましたが、厚生年金の適用拡大に関しては、記事にあったような保険料を支払う人を増やして「下支えする」という話と、この厚生年金の適用拡大は全く関係がありません。
(中略)
厚生年金では、負担は長生きリスク等に対する給付のメリットとセットになっているので、被用者保険の適用拡大が進んだとしても年金財政には中立です

【香川照幸教授の発言より】
一昨日だったか、国民年金の40年から45年への加入期間の延長についての報道がありました。保険料を5年分余計に取る、財政的な安定を図るために保険料調達をすることにするのだ、いわば財政対策として加入期間の延長をするというような感じの報道がされたのです。
(中略)
つまり、これは給付水準を確保するための対策として提起されたもので、既にそういう形で世に問うてあるものなのです。にもかかわらず、ああいう形で財政対策として登場したかのような報道がされてしまうというのは実に非常に残念で、.....(以下略)

とかくメディアは、負担の部分だけを強調しますが、負担に対する給付があるということを理解し、情報発信をする必要があるのではないでしょうか。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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