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第17回 年金事務所の窓口から(遺族年金について②)

今回も、年金事務所の窓口事例で遺族年金を取り上げます。前々回のコラムでは現役世帯の遺族年金を取り上げましたが、今回は年金受給世帯の遺族年金についての事例です。

今回取り上げるのは、夫(72歳)が亡くなり、遺族年金の請求にいらっしゃった方(64歳)の事例です。男性でも今のご時世で72歳でお亡くなりになるのは、ちょっと早すぎますし、突然のご病気が原因だったとのことなので、悲しみも深く、落ち込んでいらっしゃるようにお見受けしました。

下の表が、ご夫婦の状況に関する説明です。

皆さんは、これらの情報から、本事例についてどのようなポイントがあるか、思い浮かびますか?以下の解説を見る前に、ちょっと考えてみてください。

また、年金受給世帯の遺族年金に関しては、当年金コラムの「2020年10月号 年金相談の現場から 第5回」も参考にしてください。

65歳になるまでの遺族年金

まず、遺族年金ですが、ご夫婦の子はすでに成人しているので、遺族基礎年金はなく、遺族厚生年金のみとなります。ここで、夫は亡くなった時には厚生年金に加入していないので、老齢年金の受給権者として遺族年金が発生するためには、受給資格期間が300月あることが必要です。

老齢年金を受け取るためには、受給資格期間は120月で大丈夫ですが、遺族年金が発生するためには300月必要なので、300月に達していない方が老齢年金の請求に来た時には、窓口で受給資格期間に含めることのできる合算対象期間(カラ期間)や国民年金の任意加入、厚生年金の加入について、確認と案内をしています。今回の事例では、厚生年金の加入期間が390月あるので問題ありません。

妻はもうすぐ65歳になりますが、それまでの遺族厚生年金の額は、「報酬比例部分の4分の3」です。「厚生年金全体の額の4分の3」ではないので注意してください。それと、亡夫は厚生年金に20年以上加入しているので、中高齢の寡婦加算がつきます。

【65歳になるまでの遺族年金額】
基本額(報酬比例部分の4分の3) 56万円
中高齢の寡婦加算額 59万円 (合計)115万円

65歳になるまでは、妻自身の老齢年金と遺族年金を併せて受給することはできないので、いずれかを選択することになりますが、妻自身の特老厚よりも遺族年金の方が多いので、遺族年金を選択することになります。

遺族年金は、夫が亡くなった日の翌月分から支給されます。したがって、9月分から妻が65歳になる11月までの3か月分は、こちらの年金額になります。

65歳からの遺族年金

妻が65歳になると、妻自身の老齢年金と遺族年金を併せて受給することができます。

まずは、妻の老齢年金の額を確認しましょう。妻は特老厚の受給権が発生した60歳以降も引き続き厚生年金に加入しているので、その分が65歳で年金に反映されることになります。

【妻自身の老齢年金(65歳時)】
老齢基礎年金 63万円
老齢厚生年金 46万円 (合計)109万円

そして、遺族年金の額は、65歳になると中高齢の寡婦加算がなくなり、65歳以降に配偶者の死亡による遺族厚生年金を受給する場合は、以下の計算式によって計算されます。

【配偶者の死亡による遺族厚生年金(65歳以降)】
計算式A:亡夫が受給していた老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3
計算式B:Aの額の3分の2と妻の老齢厚生年金の額の2分の1
計算式AとBによる金額を比較し、高い方を遺族厚生年金の基本額とする。

すると、Aは56万円(=74万円×3/4)で、Bが60万円(=56万円×2/3+46万円×1/2)になるので、遺族年金は60万円となります。

それでは、残された妻は、もうすぐ65歳になりますが、自身の老齢年金と遺族年金で合わせて169万円受給できるのでしょうか。残念ながら、そうならないのです。

理由は下の図のように、65歳以上で遺族厚生年金と老齢厚生年金を受け取る場合、遺族厚生年金は老齢厚生年金に相当する額が支給停止となってしまうからです。

結局、65歳以降に妻が受け取れる遺族年金は14万円(=60万円-46万円)となり、自身の老齢年金(109万円)と合わせて、123万円となります。もし、夫が健在であれば、夫の老齢年金(配偶者加給年金がなくなるので137万円)と自分の老齢年金(109万円)を合わせて、夫婦2人で246万円でした。

妻1人で123万円というのは、ちょうど半分ということになりますが、2人が1人となったからといって、生活費は半分にはなりませんよね。残された妻の詳しい家計の状況は分かりませんが、「思っていたよりかなり少ない」とショックを受けていました。

そして、もう1つ妻を悩ませることがあります。

厚生年金に加入しても年金は増えない?

妻は現在も働いて収入を得て、厚生年金にも加入しています。夫亡き後、年金が十分なければ、できるだけ長く働いて生計を立てなければなりません。しかし、前述の遺族厚生年金が支給停止となる仕組みでは、妻が65歳以降も就労を継続し、厚生年金に加入しても、自分の老齢厚生年金が増えた分は遺族厚生年金が支給停止となるので、トータルの年金額は変わらないということになりそうです。

妻にとって、これからも厚生年金に加入するメリットはあるのでしょうか。

障害年金があるじゃないかと思われるかもしれませんが、障害厚生年金は、65歳以降が初診日だと2級以上でも障害基礎年金は付かず、他の年金との併給はできないので、実質的に受給することはなさそうです。

また、妻自身が亡くなっても、遺族厚生年金を受け取ることのできる遺族の範囲は、亡くなった方に生計を維持されていた「配偶者、子、父母、孫、祖父母」なので、妻の場合にそんな遺族はいません(子や孫は、18歳の年度末前か、障害がある場合は20歳になるまでが対象です)。

「これでは、働き続けて厚生年金に加入していても、保険料がムダになるだけではないですか」と妻は言います。確かにその通りかもしれません.......が、今回は一筋の光明がありました。それは、妻が受け取る遺族厚生年金の計算方法が、前述の計算式AとBのうち、Bに該当するからです。以下に、順を追って確認してみましょう。

妻が70歳で受け取る老齢年金は、70歳まで現在と同じ平均月収(賞与込)23万円で働くと、以下のようになります。

【妻の老齢年金(65歳時と70歳時の比較)】

そうすると、遺族年金を含めた妻が受け取る年金は以下のようになります。

【妻の老齢年金と遺族年金(65歳時と70歳時の比較)】

妻自身の老齢年金が16万円増えることによって、計算式Bによる遺族年金が8万円ふえるので、妻が受け取る年金の合計も8万円増えることになります。

決して十分な額ではないかもしれませんが、平均月収23万円で5年間働く場合の厚生年金保険料は126万円程で、16年程(=126÷8)で元がとれるので、これからの備えとして悪くはないと思います。

最後に妻は、「できるだけ長く働いて収入を得て、年金を増やすように頑張ります」といくらか前向きな気持ちになったようでした。

妻は自分の年金額をできるだけ増やす

今回は、夫が72歳と今の世の中では「まだ若い」のに、残念ながら突然お亡くなりになってしまいました。残された妻が受け取る年金も決して多くはありません。しかし、就労を継続することによって、当面の生活費を賄いながら、年金を多少なりとも増やして将来に備えることができそうです。

もし、妻がずっと専業主婦だったら、65歳を過ぎて働き始めることは容易ではないでしょうし、働いて厚生年金に加入しても、遺族厚生年金の基本額が計算式Aだと、受け取る年金は全く増えないことになります。

1つ簡単なモデルで見てみましょう。平均的な賃金で40年間厚生年金に加入していた夫と、40年間専業主婦だった妻の世帯、いわゆるモデル世帯を基に考えてみます。

下のグラフは、モデル世帯では40年間専業主婦だった妻が、もし厚生年金に加入していたら、65歳以降に夫が亡くなった場合に受け取る年金がどのように変わるかを示したものです。

横軸は、妻の賃金水準を夫の現役時代の賃金に対する割合で表したものです。縦軸の左軸は、夫が死亡した場合に妻が受け取る年金額(老齢年金と遺族年金の合計)で、右軸は、夫が死亡した場合に妻が受け取る年金額が、夫婦2人で受け取っていた年金額のどのくらいの割合かを表しています。

グラフを見ると、以下のことが言えます。

  • モデル世帯では、夫が基礎年金6.5万円、報酬比例部分9万円の合計15.5万円を受給し、妻が基礎年金6.5万円を受給するという前提です。
  • グラフの左端はモデル世帯と同じケースを表しています。夫が死亡した場合は、妻が自分の基礎年金6.5万円と遺族年金6.8万円(夫の報酬比例の4分の3)の合計13.3万円を受給することになり、それは、夫が亡くなる前の夫婦の年金額(22万円)の60%程度であることが示されています。
  • 赤い線で表されている年金額は、妻の賃金水準が夫の50%になるまでは、遺族年金の計算式Aが適用されるので、妻の厚生年金の金額に関わらず一定となりますが、妻の賃金水準が50%以上となると、遺族年金の計算式Bが適用されるので妻の賃金水準が上がるとともに、年金額も上がっていきます。
  • 一方、青い線で表されている夫婦の年金額に対する割合は、妻の賃金水準が上がるとともに低下し、賃金水準が50%以上では年金額の割合は50%で一定となります。

以上の点をまとめると、夫婦世帯においては、一般的には夫の方が先に亡くなり、残された妻が自分の老齢年金と遺族年金で生活していくケースが多い中で、妻もできる限り厚生年金に長く加入して年金額を増やしておくことが、夫が亡くなった後の年金額を確保するためには良いのではないかと思います。

また、今回の事例では、妻が65歳になる前に夫が亡くなってしまったので、妻は繰り下げによって自分の年金を増やすことはできませんが、可能ならばできるだけ繰り下げておくことも良いのではないでしょうか。

ただし、妻の厚生年金の額が上がると、夫婦2人での年金額に対する割合は低下するので、万一の場合に備えて、あらかじめ配偶者が亡くなった場合の年金額を確認して、必要であれば備えをしておくことも大切です。

年金コラム「2021年4月号 公的保険のミカタ第8回 もう迷わない!公的年金の受け取り方と高齢期の生活設計」でも述べましたが、高齢期の生活設計においては、夫婦2人で仲良く(?)長生きすることをメインシナリオとして検討するのは良いと思いますが、万一配偶者が亡くなった場合の年金額も確認して、備えておくことが必要でしょう。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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