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第26回 NHKの年金誤報を斬る!

2022年2月号

今回は、先日NHKで放送された年金のトンデモ報道についてお話ししたいと思います。

それは、1月19日のNHK「おはよう日本」で放送されたもので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。内容は、世の中の賃金が上がらずに生活が苦しいということを伝えるものでしたが、インタビューを受けていたエコノミストの森永卓郎氏が、公的年金について次のようなことを言っていました。

「年金は現在夫婦で21万円のものが、30年後には13万円になる」

朝の6時台で寝ぼけ眼で見ていましたが、いっぺんに目が覚めてしまいました。森永氏は、元々年金に関してはトンデモ論者であることは有名ですが、まさかNHKが彼のデタラメをそのまま放送するとは!

もし、年金がこんなに減額されることになれば大変なことです。にもかかわらず、番組のキャスターが他人事の様に「大変ですね~」とヘラヘラしながら伝えていることにも腹が立ちました。このような、デマに触れた視聴者が、「やっぱり国の年金は信用ならない」と思い、保険料を未納にしたり、必要もないのに年金を繰り上げて受給するといった選択をしたら、どうするのでしょう。

一方、デマの発信源である森永氏も、一応エコノミストの端くれではあるので、何の根拠もなく、「13万円」という金額は出さないはずです。彼が根拠としていると思われる、財政検証のデータを見て、彼の勘違いを正していきましょう。

下の図は、2019年財政検証で経済前提が最も悪い「ケースⅥ」における、約30年後(2053年)の所得代替率と年金額(現在の物価に割り引いた実質額)を表しています。これによると、所得代替率が61.7%から37.2%へと、約4割低下しています。

森永氏は、この所得代替率の低下率を使って、年金額を計算したのでしょう。森永氏は今の年金額を21万円としているので、その4割減で13万円ほどになります。しかし、以前のコラムで何度か説明した通り、所得代替率の低下率を今の年金額に掛けて、将来の年金額を算出するのは間違いです。

参考コラム:公的年金保険制度のABC 第8回 所得代替率と年金額について

下の図でも示されているとおり、実質的な年金額は、22万円から15.4万円に低下することになり、3割の減額です。森永氏の言う13万円より2割近く高くなっていますが、それでも、現在の額から3割減額ではかなりの減額となります。

ここで森永氏が見落としている点がもう1つあります。それは、法律で定められている「給付水準の下限」です。

【厚生年金保険法、国民年金法 法附則(平成16年)第2条の要約】
(給付水準の下限)

  • 国民年金法による年金たる給付及び厚生年金保険法による年金たる給付については、モデル世帯の所得代替率が50%を上回る給付水準を確保する。
  • 次の財政検証が行われるまでの間に50%を下回ることが見込まれる場合には、マクロ経済スライドによる調整期間の終了について検討を行い、その結果に基づいて調整期間の終了その他の措置を講ずるものとし、給付及び費用負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずるものとする。

下のグラフは、ケースⅥにおける所得代替率の将来見通しを表しています。これを見ると、所得代替率は徐々に低下していますが、賃金、物価の上昇率の前提が低いため、マクロ経済スライドをフルに適用することができていません。ケースⅥが前提としている名目賃金上昇率と物価上昇率は、それぞれ0.9%と0.5%です。これに対してマクロ経済スライドによる調整率は、足元では0.1%~0.2%程度ですが、今後、被保険者数の減少が顕著になってくると、1.8%程度まで上昇することが見込まれています。

現行制度の改定の仕組みでは、賃金と物価の上昇率を上回ってマクロ経済スライドによる調整を行うことはできません。これを「名目下限措置」と言います。例えば、ケースⅥの前提条件通りに名目賃金が0.9%上昇し、マクロ経済スライドの調整率が1.8%の場合、0.9%分は調整できますが、残りの0.9%分は調整できないため、翌年度以降に繰り越しとなります。

調整を繰り越すことは、財政の悪化につながり、賃金と物価の伸びが十分でない状況が続くと、その分給付水準が高止まりするために、積立金の取り崩しが早まり、2053年には国民年金勘定の積立金が枯渇してしまいます。そうすると、財源は保険料と税金だけの完全賦課方式となり、所得代替率は、37.6%と急落してしまいます。先に説明したとおり、森永氏は、この所得代替率を基に年金額の計算をしたものと推測されます。

そうするとおわかりのように、森永氏の2つ目の誤りは、法律によって所得代替率の下限が50%と定められているにもかかわらず、それを無いものとして機械的にマクロ経済スライドを適用した場合の所得代替率(37.6%)を基に年金額を試算したことにあります。

また、このケースは、積立金が枯渇する可能性を示すものとして、年金破綻論者が使うことが多いのですが、枯渇するのは国民年金勘定の積立金だけです。厚生年金勘定の積立金は、126兆円残っていることになっていて、これを給付の財源として活用することも可能でしょう。

しかしながら、重要なことは、このケースⅥのように給付水準の調整が進まず、財政が悪化することに歯止めをかけることです。マクロ経済スライドを毎年必ず実行する「マクロ経済スライドのフル適用」は、今後の制度改革における重要項目の1つでしょう。

下のグラフは、経済前提ケースⅥにおいて、マクロ経済スライドをフル適用した場合の所得代替率の見通し(オレンジの線)を追加したものです。フル適用によって、給付水準の調整が進むため、現行制度(青線)の給付水準を最初は下回りますが、積立金は枯渇することなく、給付水準の均衡を維持できることが分かります。

マクロ経済スライドを「年金カット」とネガティブに捉える方は少なくありませんが、そうではなく、限られた給付の財源を現受給者と将来の受給者でいかに分け合うか、つまり、現受給者に少し我慢をしてもらった分は、将来の受給者の給付水準の向上につながる、「現受給者から将来の受給者への仕送り」の仕組みであるという理解がもっと広がって欲しいと思います。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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