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第32回 全世代型社会保障構築会議の中間整理について

2022年6月号

今回は、5月17日に公表された「全世代型社会保障構築会議」の中間整理について取り上げたいと思います。

全世代型社会保障構築会議(以下、構築会議)については、会議体の発足当時にこちらのコラムでも取り上げました。

関連コラム:2021年11月号【公的年金保険のミカタ】第21回 全世代型社会保障構築会議と日本年金学会シンポジウムから

その後、5回にわたる会議を経て、下の「議論の中間整理」(以下、中間整理)が公表されました。

全世代型社会保障構築会議 議論の中間整理

こちらの中間整理について、私の目に留まったポイントについて解説していきたいと思います。

経済界は予備校の先生?

まず、報告書の主旨を表すと言える(しかし、メディアではあまり報じられない) 、冒頭の文章を見てみましょう。

「成長と分配の好循環」を実現するためには、給付と負担のバランスを確保しつつ、若年期、壮中年期及び高齢期の全ての世代で安心できる「全世代型社会保障」を構築する必要がある

ぱっと見た感じでは、構築会議が目指す社会保障制度について、当たり前のことを言っているように見えますが、ここで使われている「若年期、壮中年期及び高齢期の全ての世代」という言葉が重要です。

社会保障制度というと、とかく「高齢者世代を現役世代が支える」構図を思い浮かべ、それを「現役世代の負担」として強調されることが多くないでしょうか。

しかし、個人のライフサイクルという観点で見れば、社会保障には、高齢期に必要となる年金、医療、介護について、それが(相対的に)必要でない現役期からの「時間的な再分配」という役割も果たしているということを認識することが重要です。

冒頭の文章の「若年期、壮中年期、高齢期」という言葉には、現役世代の誰もがいずれは高齢者になるという当たり前のライフサイクルを再認識させ、「現役世代 vs 高齢者世代」のような対立の構図に陥らないようにする意図があるのです。

「現役世代の負担」を強調するのは、それが労働者を雇用している期間だけの関わりで生じる企業側の観点ではないでしょうか。構築会議のメンバーで、こちらのコラムでもたびたび紹介している権丈善一教授(慶應大学商学部)は、以下のようなお話をしています。

僕は経済界を「予備校の先生」と呼んで遊んでます。「予備校の先生」は、いつも予備校に通っている世代としか付き合いがない。でも、予備校の学生は、予備校を離れ次のライフステージに進んでいく。

(出典:https://www.m3.com/news/open/iryoishin/865753 「高齢者患者負担、進むべき方向はシンプル – 権丈善一・慶應大商学部教授◆Vol.4」
※このタイトルを検索エンジンに入れて、検出されたURLから全文を読むことができます。

現役世代の負担が減って助かるのは企業であって、一般の労働者にとっては、「高齢期」を迎えたときに十分な給付が受けられずに、つらい思いをすることになりかねないということに、注意をする必要があるでしょう。

能力に応じた負担の徹底

次は、報告書の以下の文章です。ここでは冒頭の文章が、ともすると世代間の対立を招くような論調を生み出すもととなりかねませんが、最後の文章の「世代間の対立に陥ることなく」という言葉でタガをはめているように見えます。

給付は高齢者中心、負担は現役世代中心となっているこれまでの社会保障の構造を見直し、将来世代へ負担を先送りせずに、能力に応じて皆が支え合うことを基本としながら、それぞれの人生のステージに応じて必要な保障をバランスよく確保することが重要である。
こうした基本的な考え方を、世代間の対立に陥ることなく、全世代にわたって広く共有し、国民的な議論を進めながら対策を進めていくことが重要である。

そして、もう1つ「能力に応じて皆が支え合う」という点にも注目したいと思います。まずは、構築会議の中間整理を経て、次のような記事が出てきました。

【75歳以上保険料、金融所得も勘案】
政府が近く決定する経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)の原案が判明した。75歳以上の後期高齢者を念頭に金融所得を勘案して健康保険料の支払額を決める新たな仕組みを検討する方針を盛りこんだ。現役世代の負担を軽減し、社会保障制度の持続力を高める意図がある。(出典:5月22日、日本経済新聞電子版)

岸田内閣発足後、何かと話題となる金融所得ですが、これを後期高齢者の保険料を決める基準となる所得に入れようということです。確かに金融所得は、源泉徴収で済ませて確定申告しない場合、保険料には反映されません。他の所得はすべて含まれているのに、金融所得が含まれていないのは、つり合いがとれないかもしれません。

それにしても、上の記事に「現役世代の負担を軽減し」とあるのは、経済界寄りの日本経済新聞ならでは(?)かもしれません。

さて、メディアで報道された後期高齢者の保険料の事以外に、個人的には、会社員が加入する健康保険制度についての議論を進めて欲しいと思っています。この件については、構築会議の第1回で構築会議メンバーの高久玲音教授(一橋大学)が、以下のような発言をしています。

特に日本はパッチワークのような、寄せ木細工のような医療保険制度ですので、保険料の非常に低い企業が温存されたまま、2022年に至っているということもございます。

また、財務省の財政制度審議会が5月25日に公表した「歴史の転換点における財政運営」では、以下のような問題提起がなされていて、資料として、「著しく低い保険料率の健保組合の例(2020年度)」が公表されています。

健康保険組合の中で保険料率に大きな差が生じている。能力に応じた保険料負担という考え方に即した制度設計になっているか検証し、対応を検討することも必要である。

このような、会社員が加入する健康保険制度における保険料負担の格差については、以前に取り上げました。

関連コラム:2021年3月号【公的年金保険のミカタ】第6回 公的医療保険のミカタ

上の財務省の健保組合のリストにおいては、企業名が伏せられていますが、関連コラムで紹介した保険料率の低い健保組合のリストを見れば、企業名も分かりますね。一番保険料率が低いのは、測定機器大手で有名なキーエンスです。

キーエンスは、高収益企業で従業員の給料も高いということが、メディアで取り上げられていますが、健康保険の保険料が 4.2%(これを労使折半)と非常に 低いことは、全く知られていません。同じ給料でもキーエンスの社員と協会けんぽに加入している中小企業の社員では、保険料が2倍以上の格差があります。また1400程ある健保組合の中でも企業の間には大きな格差があり、これが妥当なのか、よく議論して欲しいと思います。

勤労者皆保険の実現へ

年金については、岸田首相の「裏の目玉政策」(と私が勝手に呼んでいます)である、勤労者皆保険が報告書の柱の1つとして挙げられています。

私はこれまで、岸田首相が唱える「勤労者皆保険」は「被用者保険の適用拡大」と同じものだと思っていましたが、報告書をみると勤労者皆保険はより広い意味を持っているものかもしれません。

被用者保険の適用拡大については、被用者の生活保障の充実を図ることを主目的として、それ以外にも様々なプラスの効果が期待できる年金制度改革の柱であることを、お伝えしてきました。

関連コラム:2020年6月号【公的年金保険制度のABC】第4回 2020年年金制度改革について(その1)

しかし、上のコラムで解説した2020年(令和2年)年金制度改正においては、当初、適用拡大の対象事業所の企業規模要件の撤廃を目指しましたが、経済界からの抵抗のため、段階的に50人超の企業まで対象範囲を広げることに留まりました。

これに対して、構築会議の報告書においては、今後の適用拡大について以下のように書かれています。

まずは、企業規模要件の段階的引下げなどを内容とする令和2年年金制度改正法に基づき、被用者保険(厚生年金・健康保険)の適用拡大を着実に実施する。さらに、企業規模要件の撤廃も含めた見直しや非適用業種の見直し等を検討すべきである

ここには、先般の年金制度改正において達成されなかった企業規模要件の撤廃にとどまらず、さらに非適用業種の見直し等を検討すすめる意志が示されているように見え、適用拡大をさらに進めようという意図がうかがえます。

非適用業種の見直しとは、個人事業所に対する適用ルールの事です。現在、法人であれば社員の数に関わらず、事業所として強制適用となりますが、個人事業所の場合は、5名以上の社員がいて、さらに定められた業種である場合に強制適用となり、それ以外の個人事業所は任意で適用事業所となることができます。

逆に言えば、定められた業種以外の業種、すなわち非適用業種では、事業所が任意適用の選択をしなければ、そこでフルタイムで働いても、被用者保険に加入できず、国民年金・国民健康保険に加入することになります。

非適用業種の代表的な例としては、飲食業、宿泊業、娯楽業、理美容業などがあります。これらの業種は、コロナ禍の影響を特に強く受けていると思われ、適用業種への見直しには、やはり抵抗が大きいと思われますが、そこで働く従業員の生活を守るためには、適用業種の見直しにとどまらず、「5人以上」という規模要件の見直しも必要ではないかと思います。

そして、「勤労者皆保険」が「被用者保険の適用拡大」よりも広い意味を持っているのではないかと言ったのは、報告書の以下の文章によるものです。

フリーランス・ギグワーカーなどへの社会保険の適用については、まずは被用者性等をどう捉えるかの検討を行うべき。その上で、労働環境の変化等を念頭に置きながら、より幅広い社会保険の適用の在り方について総合的な検討を進めていくことが考えられる。

フリーランスやギグワーカーというと、プログラマーや食料品の配達など、時間や場所に縛られず自由に働くイメージがあり、労働者として被用者保険の対象とするのは難しいと思っていました。

しかし、先日テレビのドキュメンタリー番組では、ネット通販の配送を請け負う会社と、個人で業務委託契約を交わして配送の下請けをしている人や、会社の経営状態が悪化し、雇用契約から業務委託契約に切り替えを余儀なくされて働いている人のことが紹介されていました。

これを見ると、業務委託契約であっても、実態は被用者性が高い労働者が相当数いるのではないかと思われ、まずはそこら辺をしっかりと適用していく必要があるでしょう。

また、厚生労働省の「令和2年国民年金被保険者実態調査」によると、適用事業所に雇用され厚生年金の加入対象であるにもかかわらず、国民年金第1号被保険者となっている人は、105万人程度と推計されています。

いわゆる「加入逃れ」している人たちの数です。その数は、平成26年の調査では200万人、平成29年の調査では156万人であり、減少していますが、年金機構による事業所調査などを通じて加入逃れがなくなることが望まれます。

フリーランスやギグワーカーなどへの被用者保険の適用は、働き方が多様となっていく中で、これからの課題となっていくでしょう。

適用拡大に関連して、もう1つ重要なポイントは、中間整理の中で下の文章に書かれている女性の就労促進についてです。

また、女性就労の制約となっていると指摘されている社会保障や税制について働き方に中立的なものにしていくことが重要である。
なお、被用者保険の適用拡大が図られると、女性の就労の制約となっている、いわゆる「130万円の壁」を消失させる効果があるほか、いわゆる「106万円の壁」についても、最低賃金の引上げによって、解消されていくものと見込まれる

「130万円の壁」とは、ご存じの通り、これを超えて働くと、被用者保険で配偶者(多くの場合は、夫)の扶養から外れてしまい、国民年金と国民健康保険の保険料負担が生じて、手取り収入は減る一方、年金や医療保険の給付は変わらないために、就業調整によって年収130万円を超えないようにするケースが多くありました。

しかし、適用拡大によって、年収106万円以上、週20時間以上等の条件を満たすと、厚生年金・健康保険加入となり、配偶者の扶養から外れ、保険料負担が発生するので手取り収入は減りますが、年金と医療保険の給付が充実するので、130万円の壁を意識せず働けるようになるというわけです。

適用拡大の対象となる短時間労働者について、「130万円の壁」を保険料負担が増え、手取り収入が減るという点だけで論ずるのは片手落ちです。負担が増える分、給付が充実するメリットがあると考えることが重要です。

それでも、子供の教育費とか目先の家計の足しにするには、手取りが多い方がいいと考える方もいるでしょう。しかし、万一、病気や怪我で働けなくなった時のことを考えたら、傷病手当金とか障害年金が手厚い方が安心ではないでしょうか。

また、もし、夫が転職や独立を目指すために一時的に無職となったり、学び直しのために学校に通うことになったら、夫を扶養に入れることも可能です。このように、夫婦で社会保険に加入する方が、安心でライフプランの選択肢を増やすことができると思いますが、いかがでしょうか。

それでも、まだ、女性の就業を妨げる要因が報告書で指摘されています。それは、企業における配偶者手当(扶養手当など名称は様々)の存在です。配偶者手当の支給要件として、配偶者が社会保険の被扶養者であること等が定められているため、これが就業調整の原因となっているとのことです。

配偶者手当の見直しは、不利益変更となり得るので、労働契約法等を踏まえた丁寧な対応が必要とされていますが、企業サイドでも女性が働きやすい環境を整えるという観点から対応して欲しいところです。

本格的議論は選挙後に

構築会議の中間整理について、私の注目する点についてお話ししましたが、他にも重要な論点を多く含んでいます。権丈先生は「この報告書には、住まい、住宅政策を日本の社会保障政策に明確に位置づけるなど、幾つも歴史を画することがまとめられていると思います。」(第5回構築会議議事録より)と発言されています。

「住宅政策が社会保障政策」とは、これまで私は考えたことがなかったので、今後も注目していきたいと思います。

一方、持続可能な社会保障制度について議論するには、財源の話を避けて通ることはできません。しかし、7月に参議院選挙を控えていることもあり、報告書では財源について触れられていません。

岸田内閣は、金融方面からの評判は良くないようですが、全体の支持率は上がってきているようなので、無事に選挙を乗り切って、選挙後は報告書の内容の実現に向けて議論を深めていって欲しいと思います。自民党内では、昨年の総裁選で年金制度の抜本改革というトンデモ論をぶち上げ、それが原因で敗北した河野太郎氏が、捲土重来を期して、準備を進めているようです。

河野氏は、最近、年金制度改革を目指す議員連盟「令和版社会保障制度改革国民会議」を発足させたと報じられていて、トンデモ年金改革を掲げて再び「改革派」としての支持を得ようとチャンスをうかがっているように見えます。

私は、岸田内閣が参院選挙を乗り切り、腰を据えて中間整理の内容をしっかりと実行に移してくれることを期待しています。


公的保険アドバイザー協会
アドバイザリー顧問
髙橋義憲

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